隆生の独り言日記(22年7月~12月)

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平成22年7月~12月

12月31日(金)
 今年も今日が最後の日になった。今日も真面目に家の中の整理を行った。結局今年は煤逃げの句が出来ないことになった。
 伊吹嶺HPの方も今年最後の諸々の処理を行った。①いぶきネット句会の退会者の処理、②1月から新たに3名に方にいぶきネット句会に参加していただくことになったため、メーリングリストの登録を行う。③伊吹嶺HPも明日から新しいページに部分的に模様替えするので、そのHPの準備を行う(トップページと落書のページ)。この独り言日記も今日が最後で明日から新しいページに移行する必要がある。ということで家の仕事が終わってからもホームページのメンテナンスに結構手間がかかる。また来年のインターネット部の役割分担も少し変えるので、明日その担当案をインターネット同人に一斉配信する必要がある。もし仕事を辞めて俳句に専念することはこういう雑事を毎日こなすことになると予感した。(67400)

12月30日(木)
 昨日に引き続き、仕事関係の整理に時間がかかってしまう。その間に来週の審査予定の会社から品質マニュアルが電子媒体で届くのには困った。私のレーザープリンタは両面印刷が出来ないので、少しずつ奇数ページ、偶数ページと交互にプリントして両面印刷に完成させる。
 結局、家の中の整理などは明日回しになってしまう。今年は煤逃げはさせて貰えなさそう。

12月29日(水)
 妻が一生懸命、家の掃除しているのに、私は何もやらないのは申し訳ないので、溜まりに溜まった仕事関係の書類、雑誌の整理に取りかかる。特に雑誌などはより分けるのに、いちいち記事を見ていると時間がかかってはかどらない。結局ろくに出来もしないうちに1日が終わる。

12月28日(火)
 やっと年賀状を書き終える。あとは煤逃げでなく、長年やりきれなかったの書類整理、俳句関係の本の整理、家の中の整理などやらなければならない。
 ただ1つのレポート作成も残っている。(67323)

12月27日(月)
 まだ年賀状を書いていないし、煤逃げにはまだ早いが今年最後の岐阜同人句会に出席した。句会出席は久しぶりである。最近俳句モードに入っていなかったため、成績はいまいち。

12月26日(日)
 毎月、「伊吹嶺」誌の編集は、栗田先生のアイディアや編集部の皆さんで相談して企画を考えているが、会員、同人の皆さん、特に若い会員、同人の一部の方に集まっていただいて、今後の「伊吹嶺」誌の企画案を自由な発言で出していただいた。事前のアンケートも含めて、いろいろな建設的な意見が出て、今後の企画に役立ちそうな意見交換会であった。当日「風」僚誌や他結社誌も回覧して比較もしていただいた。ただ俳句作品、句会報だけが多い他誌に比べて、企画にバラエティに富んでいるとの発言もあり、ありがたいことである。今日の意見をまとめて、また次回の編集会議で議論していきたい。
 あと長期的な課題であるが、栗田先生は日頃「伊吹嶺」誌は今後インターネットが大半を占めるだろうと、おっしゃっているが、当日の若い会員の発言から、将来インターネットによる「伊吹嶺」誌の電子書籍配信が可能な時代が来ることが間違いないことを確信した。ただハードウエアの再生端末機(ipad、iphone、キンドル、ソニーリーダー、docomoリーダーなど)の普及率や電子認証の方法(IDとPWだけでよいのか?)、購読料金の確保方法など解決しなければならない課題が多く立ちはだかっている。

12月25日(土)   中日俳句教室講義録
 旅遊さんから、中日俳句教室の講義録を配信していただいた。昭和52年の「俳句」誌上における角川賞選考結果の座談会という。座談会の出席者は沢木先生のほか、安住敦、草間時彦、香西照雄」、森澄雄など当時の第1人社ばかり。その全員が写生の重要性を説いている。そういう意味で「伊吹嶺」会員にも大いに参考になるのではないかと思う。この講義録は【こちら】から入って下さい。

12月24日(金)
 雨が降ったり、日が差したりの典型的な時雨日和。中途半端に時間が余ったので、10年ぶりぐらいに桑名市太夫の伊勢神楽を見に行く。着いたときにはすごい人だかりで、既に半分以上の演目が終わっていたが、最後の花魁獅子の3人揃いを見ることが出来た。桑名の片田舎で営々と伝統を守ってきた太夫の皆さん、地域の支援などに頭が下がる。帰りには時雨が霙交じりの寒い夕方となっていた。右の写真は最後の花魁獅子。

12月23日(木)
 今年最後の「伊吹嶺」編集会議。2月号の編集と4月号の企画。
 毎年栗田先生からのアイディアや編集部でいろいろと新しい企画を考えているが、果たして編集部の考えが「伊吹嶺」の皆さんの満足を得ているかどうか確認する必要もあるだろう。若手会員、同人の意見はどうだろうかの検証することも念頭に現在の私達の企画に対する意見、新企画のアイディアなども聴く機会などを準備している。反映させるのは2,3ヵ月後になると思うが、皆さんに読んで貰える、また満足して貰える企画を考えていきたい。

12月22日(水)   ベートーベン交響曲第9番(名フィル)
 午前中から、明日の「伊吹嶺」原稿の整理。夜は3年ぶりぐらいに名フィルのベートーベンの第9。
 第9は年末の風物詩として定着して長くなるが、最近はベートーベンの第9かヘンデルのメサイアだという。しかしNHKの中継が第9である限りメサイアはまだ浸透しないだろう。第9を聞くのも久しぶりであるが、10数年前に名古屋に転居して始めて第9を聞いたときは第4楽章などは鳥肌が立つくらい感動したものだが、最近は感動も薄くなってしまった。これも加齢性による感覚が鈍くなったせいか。しかし第4楽章の最後に歓喜へ上り詰める数分間の合唱にはは感動した。今日はチングルマ句会のWさんも合唱に加わっていると言うが本人を確認することが出来なかった。
 ところで現在、音楽メディアはほとんどがCDであるが、ソニーが世界で始めてCDの試作版を携えていった先が当時ベルリンフィルの権力者であったカラヤンのところだった。カラヤンは新技術が好きで前々から音楽メデイアのデジタル化を望んでいたそうだ。例えば昔のDVDを見ると、カラヤンはオーケストラの団員の配置を曲ごとに変えており、映像化されたオーケストラDVDを販売することを意識して、自ら音楽演出もしたそうだ。
 話は戻るが、当時のソニー社長の盛田昭夫さんや副社長の大賀典雄さんらはCDの世界規格の統一をフィリップスと争っていた。そしてその決め手がカラヤンもソニー規格を望んでいるという殺し文句であった。カラヤンに意見に従い、ベートーベンの第9が1枚に収められるCDであることが必要で、74分録音できる直径12cmとすることになり、今のCD規格が決まったという説もある。(ちなみにカラヤンの第9は60数分、フルトベングラーの第9は丁度74分である。)

12月21日(火)
 午後から会計事務所に出かける。その帰りに久しぶりにカリンカ句会に出席。出席者は少し少なくさみしい。

12月20日(月)
 N社の審査結果報告書を提出。ついでに前回、審査員研修に欠席したので、欠席レポートを作成する必要があるので、必要な資料をダウンロードする。この欠席レポートを提出すれば、今年の審査員としての仕事はすべて終わる。
 今夜から、年賀状作成。(67132)

12月19日(日)   沖縄吟行(12.10-12.12)
 なかなか時間が取れなかったが、先日沖縄へ出かけたときの吟行記を【こちら】に載せました。吟行の際には、イッペー句会の皆さんに大変お世話になりました。ありがとうございます。今回は今まで行ったことのないあまり知られていないところを案内して頂き、貴重な体験ができた。沖縄では冬でも結構いろいろな花が咲いているが、名前が分からない花があり、ここに載せられないのが残念。なお右の写真は那覇から北へ進んでいる途中の道の駅から見た嘉手納基地である。本当に壁一つ距てたところにアメリカ軍基地が広がっている現実を見た。これを見るといろいろ複雑な思いがこみ上げてくる。

12月18日(土)
 やっと一息がついた。昨日もそうだったが、最近太ったね、と言われることが多くなった。なるべく運動(ウオーキング)するようにしなければならない。妻と1時間ぐらいウオーキングしてから、N社の審査結果報告書を完成させる。これで今年の仕事関係は終わり、あとは1年分溜まった青色申告の経費、領収書等の投入がある。
 最近、我が家の庭にいつものヒヨドリのほか、シジュウカラ、ジョウビタキ、コゲラがよくやって来るようになった。コゲラは今年からやって来るようになり、これも山の餌がなくなって、里の我が家にまでやって来るのだろうか。ただ虫をつついているだけで、巣作りまではしていないようだ。我が家の庭木は細すぎる。

12月17日(金)  ラフマニノフ交響曲第2番(名フィル定期公演)
 愛知同人句会。仕事の後始末、報告書作成などで句会は欠席したが、忘年会まで欠席するわけにはいかないで、遅れて出かける。
 句会、忘年会後、インターネット部の愛知勢6名で来年のインターネット部の役割担当の見直し、来年の諸々の執筆者の検討、来年の行事などを打合せを行う。骨格は出来たので、名古屋勢以外の皆さんの了解を得て、進めていきたい。
 その後、名フィルの定期コンサートでラフマニノフの交響曲第2番。ラフマニノフというと、ピアノ協奏曲第2番が有名であるが、この交響曲は初めて聴く。解説によると、第3楽章のアダージョではスラブ風のはかなさを、第4楽章では行進曲風のエピソード、勝利を高らかに歌う、とあり、全曲を通じて旋律の美しさと曲を波動させる感情的高揚と弛緩、と書いてあるが、正直言ってまだ私が初めて聴いたためか、そこまでは理解できなかった。ただ旋律の美しさと力強さは感じた。
 なおラフマニノフというと、ピアノ前奏曲集の作品3 第2番通称「鐘」があると聞けば皆さん、よく知っていると思う。浅田真央が、昨年のグランプリシリーズや全日本選手権大会で、この曲をオーケストラバージョンに編曲した『鐘』で滑っていたのが有名である。当時は『鐘』という曲はこういうもんだと思っていたが、今夜の名フィルをきっかけに、You Tubeでピアノバージョンと浅田が滑ったオーケストラバージョンの両方を聞いてみた。そうするとこの曲の仕立てが全然違うことに気付いた。オーケストラバージョンだけを聞くと、ピアノ曲の中間部分を削除した、ただ重苦しいだけの曲で、よくこのような難しい曲でグランプリシリーズを乗り越えたと感心する。真央ちゃんにはもっと軽快な曲で踊るのを見たい。
 ちなみにラフマニノフには合唱交響曲『鐘』があり、こちらの方が有名である。

12月16日(木)
 たまに家にいると、やるべきことが多いはずなのが、なかなかはかどらない。そろそろ年末の一連の行事をこなさなくてはならない。手紙3つ書いて昼間は終わってしまう。
 夜は、いぶきネット句会の合評会2日目。今夜は19名の参加で大いに賑わうし、発言も多く交わされる。発言の少ないときには間を持たせるために私の方から多く発言するが、今夜はその必要がなかった。これで今年のいぶきネット句会が終わり、そろそろ来年のインターネット部の役割分担など考えなければならない。

12月15日(水)
 D社の統合マネジメントシステムの登録審査の2日目。今日はことのほか寒く、工事現場ではふるえていた。いよいよ本格的な寒さがやってくる。また今日の審査から2月頃までの審査は、メンバー参加が続き、少しは気楽になる。
 今夜はいぶきネット句会の合評会。進行役には慣れたが、今日は準備不足。17名の参加で最近は多くの方の発言が出て活発化してきたような気がする。明日もこの調子でいきたい。

12月14日(火)   やっぱり暑かった・・・世界の気温、今年史上最高に(読売新聞12.12)
 今日と明日、D社の統合マネジメントシステムの登録審査。最近は品質と環境の統合マネジメントシステムが増えてきた。審査員側としても品質と環境の審査知識が必要になってくる。特に環境法令の動向をいつもリフレッシュして理解する必要がある。
 先日のCOP16で、世界気象機関(WMO)は、2010年の世界の平均気温が観測開始の1850年以降、最も高くなる可能性が高いことが発表された。今までの世界最高気温を記録した1998年を上回ったという。日本の6~8月の平均も過去30年と比較して1.64度高く、統計史上最高を記録した。これに比例してCO2濃度も高くなってきており、相関関係ははっきりしている。その現実がありながら、いわゆる温暖化懐疑論者はいまだに温暖化は一時的でむしろこれから寒冷化が進んでいるから、CO2削減は意味がないと発言している科学者がいることに腹立たしい思いである。なおこの時期は次のアドレスをクリックして下さい。(67005)
   http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20101212-OYT1T00237.htm

12月13日(月)
 この頃家で仕事をしていると、盛んに鳥がやってくる。今日はシジュウカラ、ジョウビタキ、コゲラなど。特に最近はコゲラがやってくるようになった。ケラの種類は幹を垂直に登るのでよく分かる。今頃の我が家は木の実もなくなっているが、虫を啄んでいるようだ。自然のままに放置する庭も捨てたものでない。さらにこれが俳句になれば句会に投句できるのだが。ただ今日は審査結果報告書と明日の審査資料の文書レビューで終わってしまう。夜はあわてて遠峰集投句の俳句を揃えるのに精一杯。

12月12日(日)
 3日間の沖縄吟行が終わる。3日間とも天候に恵まれ、イッペー句会の皆さんには大変お世話になった。これを縁にこれからもおつきあいをしたいものである。

12月11日(土)   COP16閉幕(日本経済新聞他)
 メキシコのカンクンで行われていたCOP16(第16回気候変動枠組条約締結国会議)が閉幕した。今回の一番の問題点は先進国の京都議定書の延長問題である。今、日本はタイムリミットの2012年には90年比CO2-6%の達成目標は絶望的である。ところが開発途上国はまず先進国の京都議定書目標を達成してから、途上国も含めて、2012年以降の目標を議論すべきであるという態度である。日本にとっては、かってに気候変動枠組条約締結国会議の目標を離脱したアメリカ(当時のブッシュ政権)といまや世界最大ののCO2排出国である中国が何ら制約を受けないのは、勝手すぎる。京都議定書締結国のCO2排出量削減義務比率は全世界の27%に過ぎないことは、全世界のCO2排出量削減に寄与しないというのが日本の態度である。これに対し、毎回おなじみの各国NGOは「日本にはCO2削減に最も後ろ向きの化石賞を与える。」と言っているが、今回だけは日本の態度を指示せざるを得ないと思っている。結局今回のCOP16の結論は以下のように極めてあいまいな結果になった。結局は昨年のデンマークのCOP15の二の舞いになってしまった。

1.発展途上国の温室効果ガス削減策を支援する「グリーン気候基金」や、温暖化の影響への対応を手助けする「カンクン適応フレームワーク(枠組み)」を設立する。
2.京都議定書の第1約束期間と2013年以降の第2約束期間の間に空白ができないよう、作業部会はできる限り早く作業の完了と採択を目指す。
3.地球温暖化の被害を限定的なものにするためには、20年までに先進国全体で温室効果ガス排出量を1990年比で25~40%削減しなければならないことを認識し、先進国に削減目標の数値を上げるよう促す。
4.京都議定書の第2約束期間の基準年は90年とする。
5.途上国は全体で、20年に排出総量の伸びを抑制することを目指す。
6.途上国の温室効果ガス削減を検証する仕組みをつくる。
7.産業革命以降の気温の上昇を2度未満に抑えるため、締約国は緊急に行動する。
8.50年までの世界全体の削減目標を第17回締約国会議で検討する。
9.世界全体の排出量ができるだけ早く減少に転じるよう締約国は協力する。


なお記事の代表的なものとして、日本経済新聞は次のアドレスから、見て下さい。
  http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E3E2E2818DE3E3E3E0E0E2E3E29F9FEAE2E2E2

12月10日(金)
 今日より、栗田主宰夫妻、我々夫婦で、沖縄へ出かける。今日がイッペー句会のある日でそこに参加させて貰う。吟行模様は後日アップします。

12月9日(木)
 昨日までかかってやっとT社の審査結果報告書を書き上げる。
 最近、医者からもっと痩せろと言われているが、食事、ウォーキングなどを行っているが、なかなか効果が出ない。今年の夏、御岳休暇村でいつもお世話になっている方から、ノルディックストックを買ったが、最近届いたので、早速使い始める。もともとはクロスカントリーの夏のトレーニングに使い始めたものという。使い始めると結構歩くスピードが出るので効果がありそうだが、あまり歩くと、やはりめまいがする。ほどほどに使い、持続することが重要だと思う。

12月7日(火)
 「伊吹嶺」12月号を読む。今月は届くのが遅れたので、山藤句会で勉強する時間がなく、読み通すのが遅くなってしまった。栗田主宰の句、
   翔たんとす綿虫は影重たげに   やすし
 綿虫は手が触れるとすぐ壊れそうな重さを持っていないと感じるが、栗田先生は綿虫が飛びたとうとするとき、綿虫そのものでなく、その影が重たそうだと把握した。これ以上何も言っていないが、綿虫の哀しみを見たようである。秀句集では、次の句に惹かれた。
   秋の水刃のごとく光り落つ    中川幸子
   師は遠し鶏頭の種採りしこと   山下智子
   秋袷母の紡ぎし糸の節      梅田 葵
   人形が脱ぎたる菊を貰ひけり   櫻井幹郎
   秋暑し足裏に踏みし飯の粒    清水弓月

 中川さんの句、秋の透きとおった水を刃と認識したところに、工夫があると思った。この句を読むとことさら句材を求めて、吟行しなくても日常に目にするところにも詩情があることを教えてくれる。山下さんの句、綾子忌吟行の時の最高得点句である。綾子先生と長いおつきあいのある山下さんならではの句材である。梅田さんの句、今着ている袷は母上が紡いだ着物であるが、そこに糸の節を見つけたことにより、母上を偲んでいることがよく分かる。「糸の節」の写生から作者の気持ちが伝わってくる即物具象のお手本である。櫻井さんの句、最近櫻井さんの句が少しずつ変わってきているような気がする。しかし菊人形が脱いだ菊を貰うというテクニックは櫻井さんらしい観察眼である。清水さんの句、いかにも暑そうである。飯粒を踏みつけることが誰でも経験することであるが、踏みつけたときの違和感が「秋暑し」の季語にぴったりである。
 今月は伊吹集から感銘を受けた句を選び出す必要があるので、以下伊吹集の4句、3句組から共感した句を紹介する。
   不揃ひの西瓜ころがる旱畑    横森今日子
   杉苔に露の玉置く綾子の忌    河合義和
   母と来て草の匂ひの墓洗ふ    宇佐美こころ
   塔多きプラハの空や鳥渡る     栗生晴夫
   綾子句碑残暑の城と向き合へる  加藤ノブ子
   月赤し人工浜に波の音        関根切子
   投網してみたくなる空鰯雲      古賀一弘
   秋の夜出征旗掛く棺の中      高橋幸子
   大き声掛け合ひ稲架を組む夫婦  磯田秀治

12月6日(月)
 毎月の定期診察。久しぶりに血液検査したが、やはり中性脂肪、肝機能値が高く、一層の減量を言われる。一寸運動するとめまいがひどくなるので、どうしても運動量が減る。一方、妻からは酒とおやつの厳禁を言い渡されている。酒はストレス解消によいのだが、健康とどちらを優先すべきかそれが問題だ。
 今日は午前中の診察であったので、午後は直接我が家に帰らず、喫茶店で締切が迫っているCPD研修記録の下書きを書く。しかし1つの研修結果しか書くことが出来なかった。我が家に帰ると、2社からの是正処置回答書が届いていたので、9日までさらに2社分の審査結果報告書も書かなければならない。毎日こんな生活ばかりで本当によいのか疑問である。本当は俳句にもっと専念したいのが本音だが。

12月5日(日)  生物多様性から思うこと 「伊吹嶺」12月号)
 「伊吹嶺」運営委員会。今日は年末ということもあって、ほとんどが報告事項。栗田先生の句碑建立は順調に進んでおり、既に皆さんもご存じのことと思うが、5月22日に句碑除幕式が行われる。(ちなみにその前日の5月21日は同人総会)また「伊吹嶺季寄せ」は丹羽さんを中心に順調に進められている。丹羽さんの完璧というべき進め方に感心する。立派な「季寄せ」が出来ることと思う。
 今月は1日以降、あちこちに出かけていたので、5日間、審査結果報告書が手つかずだったので、今夜から2社分の報告書と品質審査員継続のためのCPD研修結果の報告書に着手したい。締切の9日まで間に合うかどうか自信がない。
 なお「伊吹嶺」12月号の「俳句を考える」に「生物多様性から思うこと」と題して生物多様性と俳句との関わり合いを書いたので、興味のある方は【こちら】から入って下さい。(66805)

12月4日(土)
 チングルマ句会。毎月続けていた栗田主宰の1句鑑賞はとりあえず今年はこれで一段落させる。また新野芳子さんへの追悼句を全員作って提出する。句会も高齢化したので、来年は幹事、編集委員の変更を行い、来年はどのように勉強していくか新しいメンバーで考えて貰うことになった。

12月3日(金)
 山藤句会。いつもは「伊吹嶺」誌で勉強会を行っているが、今日時点で、まだ12月号が届いていないので、「俳句研究冬の号」で栗田先生が「読み返す評論」で解説している沢木先生の「月並みを脱せよ」をコピーして勉強する。このままでは難しいので、とにかく「月並み」の言葉の説明、観念性(頭で作らないこと)、言葉のたるみ(あいまいな言葉、ダブった説明などやめる)、比喩はよいが底の浅い比喩はやめることなど、なるべく易しく説明した。しかしいつも思うことは私自身が月並俳句を作っていないか、反省しきりである。それでも少しは勉強になったのではないかと思う。

12月2日(木)
 ISCでのマネジメントシステム判定委員会にK社の更新審査結果の報告、この会社は管理責任者がしっかりしているので、問題なく終わる。
 すぐとって返して、津市から中日ビルまで車を走らせて、先日行われた俳人協会名古屋俳句大会の反省会。1時間遅れで到着したので、申し訳ないが、食事だけに顔を出した感じ。私は裏方と小澤實先生の講演記録のための録音係。始めて使うデッキだったので失敗することが心配だったが、なんとかうまく行ってほっとしている。それより今回の俳人協会俳句大会は片山浮葉さんが随分とご苦労なさって成功したようなもの。これからはあまり無理をせず、お身体に留意していただきたい。

12月1日(水)
 いつの間にか師走。しかし俳句の在庫はゼロで、今月も上旬に句会が集中しているので、少しでも作らなければと思い、とにかく近鉄に乗ってから、吟行の行き先を考える。こういうときは「困ったときの山の辺」になり、当初予定していたところを変更して出かける。丁度三輪神社についたら、参道に1日の市が立っていた。句材は多いが結局はいろいろ買い物して終わる。今日は山の辺を歩くつもりで出かけたわけではなかったので、リュックなしで少し疲れた。
 「俳句研究 冬の号」が昨日届いたことは述べたが、今号に「俳句研究第9回30句競作の作品募集」が出ていたことが分かったので、宣伝のためと、出来るだけ「伊吹嶺」の皆さんに多く応募して貰いたく、【こちら】に掲載しました。栗田主宰が選者ですから、多くの応募をお待ちしています。

11月30日(火)
 昨日届いた「俳句研究 冬の号」に栗田先生が「読み直す評論」が掲載されていることを書いたが、その概要を伊吹嶺HP落書欄に書いてくれと頼まれたので、そちらに書きました。ダブりますが、以下にも貼り付けました。
 
 「俳句研究 冬の号」が届きました。今号は栗田主宰が「読み直す評論」を書いていらっしゃいます。内容は沢木欣一先生が「俳句」昭和42年12月号に書かれている「月並みを脱せよ」を題材に読み直すべき評論として紹介して、「初心にかえれ」と解説されています。以下栗田主宰の発言と沢木先生の評論と重なるかもしれませんが、「月並みを脱せよ」をごく簡単に紹介します。


 沢木先生は「ことしの俳壇・明日の俳句」の中で、
 観念性と言葉のたるみは月並俳句の両輪で、俳句を芸術の圏外におとしめる最大の欠陥である。それを例句で説明で説明すると、〈手に包むほどのかなしみ緋の牡丹〉は自分の感情を緋の牡丹に託して理知的に表現した句である。問題はこの「手に包むほどのかなしみ」という表現にある。作者は緋の牡丹からせっかく触発された美の感覚を直接に、具体的に表現しないで、最も重要な過程を飛ばして、観念で1句を仕立ててしまっている。
 次に底の浅い比喩の横行を批判されている。〈黄落のみなぞこ覗き妻も魚〉は比喩で句を仕立てている。〈妻は魚〉というのは活喩である。比喩はもともと対象の特質を鋭く把握し、そのエッセンスを一層純化して表現するための技法で写生の方法と矛盾するものではない。しかし最近の俳人は空想力に乏しく言語感覚も鈍くなっているので極めて乏しい比喩の類型が繰り返されているようだ。
 また月並俳句の特徴の1つとして、子規は「言葉のたるみ」を指摘している。〈身をよする事を枯葉の炎のなかに〉は句意は分かるようで分からない。女心の憂い、悲しみの切実さのために自分は枯葉の燃える焔に同化してしまいたいというような気持を表現してしまいたいというような気持を表現しようとしている句と見られる。しかし惜しことに「事を」のところで言葉がたるんでいる。ここで空気が抜け切実さがポーズとして露わになっている。思わせぶりな嫌みが持っている表現から生じている。


などと、沢木先生は相当厳しく戒めている。これを読むと果たして私自身の句は月並俳句になっているのではないかと心配になってくる。常に自分が作った句は観念的でなく、即物具象で作っていることを肝に銘じて句を作っていきたいと思っている。

11月29日(月)
 小用があって、妻と久しぶりに桑名の九華公園を散策。揖斐川は凪いでいたが、ここにはまだ鴨が来ていなかったし、川鵜も1羽しかいなかった。公園では綿虫が飛んでいたが、もうそんな季節になったのかと思うと、俳句を作っていないことに焦りを感じる。
 夜帰ってきたとき、「俳句研究 冬号」が届いていた。今回は栗田先生が「読み直す評論」で沢木先生の「月並みを脱せよ」を紹介していらっしゃった。今夜はT社の審査で指摘した是正処置回答書案が届いたが、出来がよくなく、悪いところを指摘して返す作業しているうちに、夜遅くなってしまった。栗田先生の文章は明日読むことにしたい。

11月27日(土)
 このところ毎日無為に過ごしている。時間があるときほど、早めの仕事とか、俳句を作る時間に充てればよいものを何となく、過ごしている。今急ぐものとして、12月で切れる品質審査員資格の登録継続申請が残っている。そのため直近1年間の審査員の力量確保のためのCPD(継続的専門能力開発)記録(審査員として必要な審査技法、法令規制事項などを学習、習得した内容)を15時間分、作成しなければならない。今年は大きな研修を受けたので、2つの記録を作成するだけでよく、そのうちの1つをやっと書いた。

11月26日(金)
 岐阜へ出かけるついでに、新築された卒業した高校校舎を見に行った。実は先月の高校同窓会の時、校舎の新築に伴い、私達3年生の時に学んだメイン校舎の玄関がまもなく解体されるので、早く見に行った方がよいといわれていたが、やっと今日来たときは既に旧玄関は跡形もなく、モダンな新校舎が姿を現し、校舎前の最後の造園工事がされている最中であった。もっと早く知っていれば最後の姿を見られたのにと残念。私達の青春の思い出がどんどんなくなっていく。同じ高校の先輩である栗田主宰は見に行かれたのであろうか。(66628)

11月25日(木)
 チングルマ句会の新野芳子さんの葬儀。新野さんは私がチングルマ句会に参加するより以前からの会員で、「名古屋歩く会」の会員で昔からの山女であった。俳句は一時中断されていたが、最近は伊吹集の成績もよく、積極的に海外にも旅行されていた。本来なら今日の葬儀がある頃は外国旅行している予定であった。当然の訃報は他人事でない実感を持つ。私はいつも書類の整理からすべて身辺整理が出来ていなく、反省しなければならない。

11月23日(火)
 「伊吹嶺」の編集会議。1月号の編集と3月号の企画。いつも季節を先取りして編集していると、年を取ると時間のスピードがどんどん早くなっていく気がする。1月号から、伊吹集鑑賞始め、執筆者が大幅に変わる。新しい書き手の文章が楽しみだ。
 夜、いつも参加している句会会員のNさんの訃報が入った。今まで元気で、つい今月も旅行へ行く予定もあったとか、誰でもいざというときのための準備が必要な年齢になったという実感がした。

11月22日(月)
 「伊吹嶺」原稿書きを昨日やっと下書きが終わり、今日は仕上げに没頭される。これが終わるとしばらくほっておいた仕事の方で2件の審査結果報告書を書かなければならない。これが終われば当分の間、審査でリーダー担当はないので、少しは楽になる。その分日常生活でやり残したことが多く、こちらの方も尻に火がついている。 

11月20日(土)  COP10から世界の動きを知る(なごや環境大学)と中日俳句教室講義録(10.11.16)
 審査が終わってほっとしたところ、丁度今日だけ時間が空いたので、なごや環境大学の「COP10から世界の動きを知る」という講座を受けに出かけた。講師はNGO日本自然保護協会の道家哲平氏。内容はCOP10で合意を得た議定書等の内容の説明。結構私にとっても難しく、この日記に簡単に書くには数時間かかり、まして簡単に書くことは無理なので、外側だけさわって書いてみたい。まず今回のCOP10の正式名称は「生物多様性条約締結国会議」で通称CBD-COP10と呼んでいる。
1.今回の討議議題:①生物多様性の保全、②生物多様性の持続可能な利用、③遺伝子資源の利用から生ずる利益の公平かつ衡平な配分
2.議定書としての成果、なお議定書は参加国は条約締結国193国のうち170数カ国であり、議定書締結は全会一致を前提にしている。
 ①名古屋議定書:今回の一番の難議題で遺伝子資源の公平配分であり、私自身も先進国と開発途上国の利害が全く相反するもので、合意は無理と思ったが、結果的にはやや抽象的な表現の議定書で合意された。
 ②愛知ターゲット:「生物多様性の損失を食い止めるための効果的かつ緊急に行動を取る」という2020年までの中期目標についてこれも随分と修正が繰り返され、保護区域の数値目標は、陸域の17%、海域の10%を保護することで合意が得られた。こちらは私としてはたぶんこのような目標値で落ち着くと思っていた。
 ③里山イニシアチブ:これは日本独特の概念であって、これがCOP10に出されても各国は関心がないと思っていたが、開催国の日本を立てて「生物の多様性の維持のために情報交換する」という極めてあいまいな議定書となった。俳句を作る私達にとって一番の関心事であったが、この程度かなという印象であった。
 いずれにしてもCOP10で採択された議定書は全部で47議題という成果は大きいと言えるだろう。今日の講師の道家さんにこのことを質問したところ、全体的には抽象的なものも含まれているが、名古屋議定書として残った成果は80~90点上げてもよいと発言されたのは、NGOメンバーにとってもよかったと評価したことが分かった。
 今日の講演を聞いてCOP10の成果を見直すとともに、講師もおっしゃっていたように、COP10は成果でなくて、スタート点に立ったという認識が必要だと思った。2020年までにこの長期間の目標達成の成果を成し遂げることが重要であることを勉強して共の講座から帰った。
 
 なお遅くなりましたが、旅遊さんから配信していただいた今月の中日俳句教室講義録を【こちら】に掲載しました。是非読んで皆さんの勉強に役立てていただきたい。

11月18日(木)ー19日(金)
 N社のISO更新審査。2日間のスケジュールで、吉良町まで結構時間がかかるので、日帰りで2日間とも朝早く出かけるのはつらいので、足が出ても以前泊まった吉良のホテルリンクスに泊まってささやかにのんびりとした。最近のホテルは無線LANが整備されており、ロビーで自由にメール、インターネットが使える。随分と便利になったものである。朝起きたとき丁度日の出時間で雲ひとつない海からの太陽はまさに真っ赤であった。もう少し早く起きて海岸を散歩するのもよかったかもしれないが、私自身としてはそんなに早く起きることは出来ない。窓からの日の出だけで満足するのが限度。(66435)

11月17日(水)
 今日締切のK社の審査結果報告書を提出後の束の間の午後、妻と一緒に東員町を散歩。昨日ほどでないがほどよく晴れていた。今頃は紅葉の真っ盛りであるが、欅の黄葉はまだ一寸早い感じ。町の小さな馬場では馬の調教をしていた。今年の流鏑馬祭の練習だろうか。秋が深まった感じがする(本当は冬であるが)。1時間ぐらい歩いて帰りはバスで帰ったため、あまり運動にならない。トップの写真は鈴鹿嶺をバックにした楓の紅葉で、右の写真は楝の実の写真。まさに金鈴子の名の通り。その他今日見たのは麦の芽(もう芽が出ていた)、冬桜、欅紅葉、満天星紅葉、小豆干し、檀の実など。しかし最近は妻がよくリースに使っているツルウメモドキ、サルトリイバラなどの実が全然見あたらない。不要な公共工事、工業団地の造成などのせいもあるが、一番腹が立つのは業者がトラックで乗り付けて根こそぎツルウメモドキ、サルトリイバラなどを盗掘するためである。おかげで妻は嘆いている。

11月16日(火)
 K社の審査結果報告書作成のため、1日中家に閉じ籠もり。いつも間際にならないと取りかからないのは悪い癖で直らない。明日には発送しなければならない。

11月15日(月)  LED照明で体調不良 (日経エコロジー12月号)
 そろそろ仕事モードに切り替えなければならないが、なかなか気乗りしない。一方で書かなければならない手紙類も多く残っており、今日はろくに仕事が出来なかった。
 最近省エネ効果の高いLED照明が市場に出回ってきたが、次のような記事に注目するとともに、とまどった。
 札幌市役所では本庁内ほぼ全て照明器具をLED照明に交換する予定で、第1弾として約2500本を取り替えたが、しばらくして一部職員が「目が疲れる」などの体調不良を訴えた。原因は1秒間に約100回点滅を続けるLED照明の点滅が影響しているのではないかとの推測だったらしい。


 実は私もよく知らなかったが、LED照明は100Vの交流を直流変換して省エネ化を図っているが、このとき直流といってもダイオードを使用して直流変換しているため、毎秒100回ほど点滅を続けざるを得ないらしい。解決策としてはLED照明にコンデンサを追加することにより、整流化作用により常時ON状態に保つことが出来、目に優しくすることが出来たということである。このことは既に雑誌に公開されているので、言ってもよいと思うが、皆さんがこれからLED照明を購入する際は当面は点滅状態になっているか、常にON状態になっているか店員に確認してから購入した方がよい。
 しかしその大元の原因はLED照明の規格をJISなどで標準化していない状態でどんどん製品化が進んでいるためである。これはもっと早くJIS化すべきの問題で、そのお役所の問題である。

11月14日(日)
 名古屋句会。1名欠席でさみしいかった。今月は今日で3日間連続の句会で、さすが今日は満足できる句を投句できなかった。しかし皆さんのよい句に会えた。今夜からまた仕事モードに戻らなくてはならない。

11月13日(土)  ショスタコービッチ交響曲第7番「レニングラード」(名フィルコンサート)
 昨日に引き続き、チングルマ句会。句の在庫を使い尽くして、また今日の投句に苦労する。さらに明日は名古屋句会と3日連続となるので余計に苦しい。
 チングルマ句会のあと、名フィル定期コンサート。今日のショスタコービッチ交響曲第7番は「レニングラード」を呼ばれているように、1941年に作曲されたもので、ナチスドイツがソ連に侵攻してきたことに対して、国民を鼓舞させるために作られたという。当初、各楽章は「戦争」「記憶」「祖国の広野」「勝利」と標題が付けられていた。私は今日初めて聴いたのだが、確かにこの標題に沿った曲に違和感はない。特に第1楽章のナチスドイツの侵攻、第4楽章の勝利にはすごい大音響の演奏に圧倒される。しかし75分の超大作のため、途中第2、3楽章は難解で一寸退屈であった。
 また指揮者の井上道義は始めて見たが、非常にダイナミックな指揮をするのを見たら、一気にファンになった。
(なお1.レニングラードはソ連崩壊とともに、もとの都市名であるサンクトペテルブルグとなっている。
 2.当初各楽章に付けられていた標題はショスタコービッチは後年第7番はファシズムというより、全体主義的体制について語っていると述べていることから、ドイツのナチズムやソ連侵攻の具体的描写でなく社会の暴力、抑圧に対する普遍的な表明と解釈することが出来る。)(66272)

11月12日(金)
 山藤句会。なるべく当月の「伊吹嶺」誌の句について勉強している。特に今月の栗田主宰の句に感想が交わされた。
    酔芙蓉ふくよかにして紅きざす   やすし
    陣場野
にまだいとけなき曼珠沙華  〃
 どちらも中七の写生の措辞に感心したとの全員の感想。毎月このような主宰の句を勉強して少しでも山藤句会メンバーが成長して貰えるのが願い。
 一方、伊吹集などの句を細かく読んで質問されるのも私自身の勉強にもなる。

11月11日(木)  焚火の句(NHK俳句王国)
 毎週土曜日に放送されているNHK俳句王国、出張などで見る暇がなかったが、6日の分を今日やっと見た。その中で席題として「焚火」が出されていたが、いずれも頭で作った想像して作られていた。現在は廃棄物処理法により野焼き、焚火などは禁止されている。東員町では条例でも禁止されている。例外処置として伝統的な行事、農作業については禁止されていない。その理由は焚火のような低温で燃やすとダイオキシンが多く発生するためである。ちなみにダイオキシンは環境ホルモンが発生し、遺伝子異常を引き起こす。放送の中で長谷川櫂は次のような句を発表していた。
   鹿を追ひ夜は焚火に眠りけり   櫂
 この句は極めてワイルドな句で、縄文時代の焚火が連想される。今後は焚火はこういう句のように歴史として根付いていくのだろう。ということは絶滅危惧種の季語となっていること証明かもしれない。しかし現代であっても田仕舞いの時の煙には情緒が感じられるし、このような焚火、野焼きは残ってほしい。焚火の句というと山口誓子が名句を多く作っている。
   焚火の穂ちぎれんとしてちぎれざる  誓子
 これからは誓子のような臨場感のある焚火の句は鑑賞できないかもしれない。

11月10日(水)
 T社のISO更新審査が終わる。しばらく数日間はまた俳句モードにもどることが出来る。審査に出かけるときは朝早く出るため、日頃の朝寝坊がたたって起きるのがつらい。今週末は3日間連続で句会があるため、今夜から真面目に俳句を作る必要がある。しかし仕事にとらわれているうちに、いつの間にか欣一忌、立冬が過ぎてしまっている。季節の節目、忌日の節目など忘れずに俳句に向き合う必要があると反省する。

11月9日(火)
 T社のISO審査の1日目。この会社はもう第2回更新審査(導入6年目)なので、そろそろ成熟してもよさそうなのだが、まだまだ。更新審査のため、判定委員会に報告する義務があるため、まとめ方に苦労する。まだ明日があるので、気が抜けない。

11月8日(月)
 「伊吹嶺」11月号は既に届いていたが、なかなか感想を書く暇がなかった。今月号は伊吹嶺賞受賞作品が並んでいるが、やはり武田稜子さんの「窯焚夫」に引きつけられる。1つのテーマでよく毎年挑戦できたものと感動を覚える。全国大会での受賞の挨拶でおっしゃったように、父上ら窯場で働く人達を詠み続けることに敬服するし、感謝と感動の籠もった挨拶がまた思い出した。次席の中川幸子さんの「ふるさと」は何も難しい言葉は使わないで淡々と詠みながら静かに句の感動が伝わってくる。
   生地皿に光りを散らす柿若葉    武田稜子
   螢火にかがめば草の匂ひかな   中川幸子

 今月の秀峰集、いつものように次の句に惹かれた。
   妻のもと楽しからんや吾亦紅(悼 森澄雄氏) 中川幸子
   滴れり洞窟(ガマ)の底への鉄鎖         山下智子
   座りても立ちても残暑離れざる          梅田 葵
   白銀に沈みてゆるる新豆腐            清水弓月
   滴りの間合ひの長し石地蔵            山 たけし

 中川さんの句、森澄雄死去に対する思いが私達に共感が共有できる。「つまむことこの世にいとし吾亦紅 澄雄」の句を踏まえているが、「この世にいとし」が「妻いとし」につながっていると思った。山下さんの句、沖縄のアブチラガマでの句であろう。鉄鎖でガマへ下りていく途中での滴りが手にも伝わってきているのだろう。その生なでせつない感触が伝わってくる。梅田さんの句、今年の暑さには耐えきれなかった。日常の所作のどこにも残暑がへばりついている感覚がたたみ掛けの言葉によりよく効いている。清水さんの句、よく観察している句である。難しい1句1章に耐える佳句で新豆腐の本質を突いている。豆腐ではないが、「ところてん煙の如く沈み居り 草城」のような感覚に通じていると思った。山さんの句、滴りの句をこのように表現されると、確かに間合いの長い滴りも真実であり、ベテランの味である。遠峰集では次の句に惹かれたが、その他にも共感を得た句が多かった。
   暁光に吸ひ込まれゆく帰燕かな    近藤文子
   綾子忌を明日に熱砂の起伏踏む   夏目悦江
   灼け砂利に海女の磯着を並べ干す  栗田せつ子
   炎帝にあらがひきれず母逝けり    森 靖子
   しばらくは流燈置きし指浸す      平松公代
   綾子の忌紬の似合ふ師なりけり    福田邦子
   敗戦忌足にまつはる影の濃し     井沢陽子
   風の音水の音澄む綾子の忌      都合ナルミ
   したたかに水打つて母待ちくれし   下里美恵子
   白鳥のもとへ秋夜を逝きたまふ    谷口千賀子
   汗の目に地獄図の赤あふれたり    矢野孝子
   流燈の堰越ゆる時ためらへり      武田稜子

11月7日(日)
 日本シリーズの中日ーロッテ戦、昨日に続き、今日も延長戦の結果、中日は負けて今年の日本シリーズは終わる。昨日、今日とTVにへばりつきろくに仕事にならなかったが、これで今年の野球はすべておしまい。最後は負けたと言っても今の中日の力としてはよくやったのではないかと自分に納得させるしかない。

11月6日(土)  俳人協会愛知県支部名古屋俳句大会、現代俳句評
 しばらく私の日記にブランクが続き、やっと今日これまでをアップできた。従って10月31日から今日まではまとめてアップしている。
 今日は俳人協会愛知県支部名古屋俳句大会が開催された。第1部の講演は俳人協会理事の小澤實氏による「句集の風景」の講演。今年発刊された句集の鑑賞をお聞きした。11名の俳人の句集紹介であったが、既に2名が今年亡くなられている。今日は講演の録音係を担当し、初めてのオーディオ設備なので失敗してはいけないので、じっくりと講演を聞くことが出来なかった部分もあったが、次の句に鑑賞に感銘を受けた。また小澤氏の鑑賞の要点を聞くことにより、現在執筆しているの「現代俳句評」にも参考になる鑑賞の目を教えて貰った印象である。
   秋の夜の己もつとも見えがたし    大串 章
   いきものの尾の通りけり夕霞     宇佐美魚目
   湯豆腐と決めても暖簾をくぐりても  星野高士
   山椒魚動きて岩とけぢめつく     茨木和生
   炎より炎飛びつつ葭焼くる       岡田日郎
   雲を脱ぎきりし満月ふと怖し      山田弘子
   風の出て花野いちめん浮き上がる  鷹羽狩行
   ふところ手夏もしてゐし波郷かな   森 澄雄

 第2部の俳句大会では私を除いて伊吹嶺連衆が大活躍。この模様は伊吹嶺落書の11月6日欄に書いてあるので、【こちら】から入ってみて下さい。
 なお賞を取った俳句だけを以下に紹介します。
  
大会賞   一本の茶杓観に行く神の留守   矢野孝子
         渋柿のころがる城の弾薬庫     井沢陽子
  入選賞   侍女とても姫と同じの菊衣      篠田法子
  特選賞   菊の姫袂に蝶を休ませて       森 靖子
          秋うらら蓬左文庫でまんが買ふ  上杉美保子
          一本の茶杓観に行く神の留守    矢野孝子
          白鳥の一羽来てゐる城の濠     服部鏡子
          秋晴や屋根神様へ酒二合      下里美恵子

          鹿の斑を鴉がつつく堀のぬた    伊藤登美江

 なお遅れましたが、「伊吹嶺」11月号の「現代俳句評」を【こちら】に掲載しています。興味のある方は入って下さい。(66095)

11月5日(金)
 今日は欣一忌。綾子忌と同様に欣一忌を忘れて申し訳ないが、今週は欣一忌の句を作る余裕がなかった。とりあえず栗田先生の欣一忌の句を読み直して、罪滅ぼししたい。
   師はみまかれり秋冷の十二階   平成13年
   欣一亡し夕日まみれの師走富士     〃
   灰皿に三粒の棗欣一忌       平成16年
   大学の榠樝は如何に欣一忌    平成21年

11月4日(木)
 S社のISO更新審査結果の判定委員会報告。これが一番気をつかうところで、いやな場面。とにかく無事終わり、合わせて昨日まで作成したN社の審査計画書を提出。

11月3日(水)
 この頃毎日晴天が続いているので、妻と吟行に出かけたかったのだが、例によって明日締切のN社の審査計画書作成が出来ていないため、1日中家に閉じ籠もり。今回の会社の品質マニュアル、各種規定で270ページ以上の文書を読みこなさなければならないため、昨日、今日でやっと読み切って、審査のチェックリストに書き込み、反映させる。

10月31日(日)-11月1日(月)  伊吹嶺インターネット部オフ句会(京都吟行
 年1回のオフ句会は当初台風直撃ではないかとの恐れがあったが、幸い台風は関東沖に抜けた。総勢20名の参加を得て和やかに行われた。今回の企画は、今年近畿地方の「伊吹嶺」入会者が多く、集まりやすい京都で吟行を行うことにした。私も初対面の方も多く、一度お会いすると今後のネット句会でも和やかに出来そうだ。特に今回はダイヤモンド婚と新婚の参加もあってニュース性にも富んだ吟行であった。
 句会の詳しい模様は【こちら】に掲載しました。

10月30日(土)   名古屋議定書採択と愛知ターゲット(COP10)
 昨日がCOP10の最終日。しかし30日午前1時半頃にすべての主要議題が採択された木槌が打たれて終了した。私個人としては先進国と途上国との利害が解けないと思っていたが、やや抽象的な表現で決着した。採択の内容は2つある。

1.名古屋議定書:遺伝子資源の利用する際の原産国側と利用国側の利益配分がなんとかまとまった。双方に今後の望みが託せる内容だと思った。途上国側が大航海時代までに遡って、利益配分を要求している段階ではとても駄目だと思っていた。ただ資源に改良を加えた製品(派生品)の利益配分は含めることが出来ると一寸あいまいとなった。これが採択の限度かも知れない。

2.愛知ターゲット(生態系保全の世界目標):こちらは比較的合意に達することが出来ると思っていた。生態系保全のための2050年の長期目標は「自然との共生」の実現を掲げるという抽象的な目標であるから、合意に達することが出来たと思う。ただ20年までの短期目標は本来数値目標でなければならないところをこちらも「生物多様性の損失を食い止めるため、効果的で緊急な行動を行う。」と抽象的な目標として、自然保護区を地球の陸域の17%、海域の10%を20年までに決定するというゆるい数値目標とした結果であると思う。

 どちらかというといずれもやや抽象的な目標としたことが成功した要因であろう。本来はどちらも開催地の名前を冠した名古屋議定書、愛知ターゲットと自治体の2つに顔を立てたのは面白い決着方法だと思う。全体的には私の悲観論的な見方と違って抽象的であっても名古屋、愛知の名前が残っただけを見てもCOP10は成功したと言えよう。
 私のHPで今月はCOP10を多く取り上げたため、難しいCOP10のニュースはとばして読んだとの反応が予想されるが、COP10のニュースを書くのはたぶんこれで最後となるだろう。なお名古屋議定書のニュースは次のHPのアドレスを見て下さい。
    http://www.chunichi.co.jp/article/feature/cop10/list/201010/CK2010103002100006.html

10月29日(金)
 急遽、審査予定の会社からスケジュール変更の依頼が来たので、あわてて審査スケジュールの再作成。ただスケジュールを変更するだけでなく、受審部署の調整、各部署の審査時間のバランスを考えなければならないので、一種の頭の体操である。
 今月末の31日から11月1日までの京都吟行、台風の影響が心配で、中止すべきか決行すべきか判断しなければならない。明日の午前中に参加者全員に決定を知らせなければならないが、どうも台風は予想以上の早さで通過しそうなので、2日間のブランクをカバーすべく、次のN社の審査計画書作成にはいる。TV見ながら作成するので、非効率この上ない。例によって日付が変わってから入浴、就寝。それでも半分も出来ていない。(65906)

10月28日(木)  COP10ブースⅡ
 COP10も明日が最終日であるが、名古屋議定書と名の付く合意はまだまだ見通しが立っていないようだ。COP10ブースも明日で最後であるので、今日は毎月の定期診察に合わせてその前に前回以降開設されたブースを見に行く。今日はNPO、NGO、ボランティアグループのブースを中心に見に行く。雨の中観客は少なく、ブースの人が一生懸命展示を説明しているのを見るとご苦労さんと言いたい。各ブースともいろいろ趣向を凝らしているのに感心した。

10月27日(水)  序曲1812年(コバケンスペシャル)
 K社の審査は午後3時頃終わる予定であったので、そのまま帰りに名古屋へ寄り、コバケンスペシャルを聴く。今日のはロシアの作曲家の小曲集。そのうち1812年が最後に演奏される。ナポレオンのロシア遠征に対してロシアが勝利を収める曲として有名であるが、冒頭のロシア正教の聖歌で始まり、随所にロシア民謡が引用されているのを聴くと、華々しい勝利の曲でなく、ロシアに対する祈りの曲とも取ることが出来る。しかし最後の勝利の部分ではトランペットが2回客席から演奏する演出も観客一同感動に引きずり込み、満足感で終えることが出来た。

10月26日(火)
 K社のISO審査。今日と明日の2日間。今回はリーダー担当で更新審査のため、審査結果報告書を書くだけでなく、判定委員会にも報告しなければならない。

10月25日(月)   夢のごみ固形化燃料、買い手なし(読売新聞10.10.25)
 審査計画書、その他の書類を発送した後、思い切って岐阜同人句会に出席する。こうでもしないと俳句も出来ない。しかし予想どおり成績は悪い。
 読売新聞に「夢のごみ固形化燃料、買い手なし」の記事が出ていた。固形化燃料はRDFと言われ、プラスチックなども含めたあらゆるゴミを破砕、選別、圧縮・成型した燃料である。サーマルリサイクルの面からも理想の燃料となるとのふれこみで、私の団地のすぐそば(1kmぐらいのところ)に建てられ、数年前に爆発事故のあったRDF生成工場である。全国で50施設ぐらいあると言うが、どこもRDFの買い手がなく自治体が金を払って工場に引き取って貰っているという。結局はまるきり無駄というか、ただ税金をどぶに捨てただけであったことが分かった。やっと会計検査院の調査で明るみに出た。しかし今でも工場の前を通るとプラスチックなどを積んだトラックがどんどん入っていくのが見える。もう2度と爆発事故はないだろうが、この金食い虫をなんとかしないと私達の市町村民税がどんどん搾取されるばかりである。なおこのRDFの記事は次のアドレスで見ることが出来ます。
   http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20101025-OYT1T00578.htm

10月24日(日)
 今日は吟行に誘われていたし、俳人協会俳句大会準備があることをあとで知ったが、申し訳なかったが、どうしても今日中に仕上げなければならない審査準備があったため、少し外出する以外、1日中家に閉じ籠もる。結局完成したのは日付変更線を大幅に越えてしまった。

10月23日(土)
 「伊吹嶺」編集会議。ただ下里さんが体調が悪く、それでも編集に参加して貰い、申し訳ない。いまさら下里さんの重みを感じる。早く回復してまた我々を引っ張っていただきたい。栗田先生からは次々と新しいアイデアを出していただき、これも私達の刺激になる。私ももっと「伊吹嶺」編集に力点を置かなければならないと思う。
 今日は霜降。今日の最高気温は23℃であるのに、昔は本当に今頃から霜が降りたのだろうか。霜降の季語で句を作るなど考えも付かない。こういう季語が絶滅危惧種に入っていくのだろう。同じように24節気の季語はいわゆる立春、立秋などは季語としてうなずけるが、啓蟄、処暑、霜降、小雪、大雪などは完全に時代に合っていない。温暖化がそれだけ深刻になっているのだろう。

10月22日(金)   メンデルスゾーンバイオリン協奏曲(名フィル定期公演)
 仕事、伊吹嶺原稿が滞っていたが、日中パソコンから離れず夕方まで審査計画書作成に没頭。そのあと名フィルを聴きに行く。ただ今日は早く帰りたかったので、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。メンデルスゾーンにちなんで、今日は指揮者もソリストもイギリス人。特にバイオリンのジェファニー・パイクはまだ20歳そこそこの若さで、女性に似合わずエネルギッシュな演奏で30分の演奏があっという間に終わった。この曲は最もポピュラーで私も高校生頃から親しんだ曲だ。一番感動したのは第3楽章のスタッカートの演奏部分が男性的であった。

10月20日(水)   里山イニシアチブ・パートナーシップの発足
 この頃新聞に毎日、COP10の記事が掲載されているが、今日の新聞で、日本が提唱している里山保全のあり方について理解されたらしく、「里山イニシアチブ国際パートナーシップ」が発足したという記事が出た。喜ばしいことである。この里山イニシアチブの概念が採択されたのは、生物多様性条約の中の「生物の持続的可能な利用」のテーマの一部分である。ただ里山というのは日本独特の概念で、世界的にはどのように解釈されているか気になるところである。どうも外国的には「水田維持による生物多様性の利用」と理解されているようである。
 丁度この日記を書いている最中、現在LIVE中継しているうちの「5.6生物多様性と気候変動」セッションで里山イニシアチブの各国のコメントが流されているのを聞いていると、おおむね各国とも評価していることが分かった。しかしまだ里山イニシアチブそのものが理解できないとか、どのように持続可能な利用につながるかの疑問も出されていた。そして最後に議長フレンズグループを結成して「里山イニシアチブ」を専門に議論してほしいとの議長コメントで終わった。
 今夜は十三夜。月の出から薄い雲がかかり、朧夜の十三夜となった。しかし少しでも見ることが出来たのはラッキー。(65662)

10月19日(火)
 D社の統合システム(環境+品質マネジメントシステム)の審査。以前は品質、環境それぞれのISO認証取得している会社が多かったが、最近は統合システムを1つのシステムとして構築、取得する企業が増えてきた。この会社は品質マネジメントシステム取得は10年前であったが、合わせて今年環境を新たにシステムとして加えるもので、今日はその最初の事前審査。やはり最初は環境マネジメントシステムの構築方法に知識不足があり、苦労なさっているようだ。

10月18日(月)   COP10ブース
 同窓会明けの眠いまま名古屋へ直行して、COP10ブースを見に行く。COP10は先週までのMOP5の補足議定書採択は成功したが、COP10の準備会合では遺伝子資源利益配分問題の合意点の見通しが付かないまま、今日から本会合が始まった。以前にも書いたことがあるが、「遺伝子資源の利益配分ルールの合意、採択」が一番の問題であろう。この問題は特に開発途上国が強硬で先進国との合意の着地点が見えない。

 今日のCOP10ブースを一通り回ったが、あまりの多さに疲れ切ってしまった。各ブースを見た感想として、生物多様性というキーワードで見ても実に様々な切り口があることを知った。ここでは書ききれないが、一般民間団体の活躍ぶりに共感を得たものが多かった。私の在住している三重県に限ってみると、①三重大学がキャンパス全サイトをISO14001の認証取得しているのに感心した。たぶん全国の大学では例がないのではないか。他大学では特定キャンパスのみを認証取得している大学は多いと思う。②次に伊賀地域でのオオサンショウウオを守る会の活動に共感した。今三重県ではオオサンショウウオが絶滅危惧種Ⅱ類に指定されている。この守る会では川上川にオオサンショウウオが棲んでいる地域にダムを建設することにより、生息域の移動が不可能となり、完全絶滅になる恐れがあるというものである。
 ほかに日本政府関係のブースが多かったが、それぞれ意義のある展示がなされていたが、なにか各省庁間の張りあいが見え、縦割り行政の印象を受けた。せめて日本で行うCOP10である以上、各省庁間の協力は出来ないものかの疑問が湧いた。
 今日一日出方にずっしりとくるほどの資料を貰って本当にこれらの資料を読み通すことが出来るか自信がなくなった。以下の写真は三重大学ブースとオオサンショウウオ守る会でオオサンショウウオの模型を持たされた写真。


三重大学ブース

オオサンショウウオを守る会のブース

10月17日(日)
 高校の同期生の同窓会が岐阜の十八楼で行われ、20年ぶりに出席。その間数回同窓会が行われたとのことであるが、いつも私は転勤の度に行方不明者に入れられてしまい、今回は年賀状のやり取りをしている友人より住所を幹事に連絡していただいて、ようやく出席できた。私の高校の同期生は550名のマンモス高校であったが、出席者が150名を越え、大盛況。一方、亡くなった同期生もも50数名にいたり、特に一番親しかった友人もいないことが哀しい。懇親会から2次会、3次会と続き、寝たのは夜の1時を過ぎていた。またデジカメを持って行ったのだが、撮すことを忘れてしまう。仕方ないので、十八楼脇の誓子、利彦の師弟句碑の写真を掲載します。

10月16日(土)   MOP5の補足議定書の採択
 現在COP10国際会議中であるが、生物多様性のための各NPO、NGO、自治体などのブースもあるので見に行きたかったが、審査計画のための仕事があったので、断念。ただ今日の新聞ではCOP10と並行に行われていたMOP5(カルタヘナ議定書締結国会議)で「名古屋・クアラルンプール補足議定書」が採択されたことは最初の成果である。MOP5というのは「遺伝子組み換え生物(LMO)が輸出先で生態系に深刻な被害を与えた場合の対策(被害補償ルール)の議定書」でこれが採択されたものである。背景は先進国で開発されたLMOが輸入先で、在来の生態系の交雑などの影響が深刻な問題になっているものからである。
 このことは10月11日の日記に書いたが、MOP5については見通しは明るいと書き、これからCOP10のうちの最難関である遺伝子資源による成果の先進国と開発途上国との配分ルールの決定、採択である。これについてはこれからも注目して、機会があればこの日記に書きたい。

10月15日(金)
 始めてISO14001(環境マネジメントシステム)審査員リフレッシュコースの研修を受講する。日頃はこれらの研修は審査機関での研修で知識を補ってきたが、たまには有料の講座も受けてみたいとの意志からで受講。内容は環境マネジメントシステムに関する国際規格の最近の動向、審査事例から不適合指摘の演習、環境関連法令の最新情報。特に聞きたかったのは関連国際規格の動向と環境法令の新しい知識習得。わずか1日のため、十分な知識を得たほどでないが、審査員としての義務のCPD(継続的専門能力開発)のための年間15時間の研修または学習が必要であるため必要。今日は8時間近くのCPD研修の時間を確保した。先月はISO9001(品質マネジメントシステム)についてのCPD研修を15時間確保したので、あとは申請のためのCPD研修の知識習得の報告書を書かなければならない。

 夜は10月のいぶきネット句会の合評会。合評の時間は1時間あまりだが、チャットルームにはいるためにすべての投句に目を通して、どのような感想、批評を言うか事前準備が必要。チャットの最中では進行役を務めるためあまり考える時間がなく、皆さんの発言の合いの手を入れるだけで精一杯。最近は会員の皆さんの発言が活発なのが心強い。

10月14日(木)   「伊吹嶺」全国俳句大会模様をアップ
 いろいろ仕事が溜まっていたが、ようやく一段落がつき、伊吹嶺HPに「伊吹嶺」全国俳句大会模様をアップするとともに、これまで記録するのが溜まっていた伊吹嶺トピックス、ニュースなどもアップする。全国大会模様は【こちら】から入って下さい。丁度これらの作業をやっている間に、TVでチリの鉱山落盤事故の最後の作業員が救出された瞬間を見ることが出来た。よく全員無事に救出されたかと思うと、外国の事故であろうとも感激の一瞬である。今後間違いなく、この事故は映画化されるだろう。(65514)

10月13日(水)
 今日の中日新聞の岡井隆の「けさのことば」に鷹羽狩行氏の「地球てふ病む星に住み露けしや」が掲載されていた。岡井氏は「病む星」を地球の異常気象とともに紛争やテロによって「病む星」となっているとも書いている。私はこの句が「狩」08年10月号に掲載され、丁度その頃より会長として俳人協会に環境委員会を設置して、協会として環境問題に取り組む姿勢を見せ始めたときで、極めてメッセージ性の高い句だと思った。岡井氏はもっと広い意味で「病む星」を捉え、「露の夜の白露の夜となりにけり」という句もあることから、季節は地球の病態とは関わりなく、時代を超えて受け継がれていくと結ばれている。
 しかしやはり今世界のみならず、特に日本において、また我々俳人にとって環境問題を考えなければならないと思うし、そういう意味で鷹羽氏の句は環境に警鐘を鳴らしている句と解釈したい。

10月12日(火)
 1日遅れでK社の審査計画書を作成する。会社にもいろいろあるが、今回の会社のQMSの運用状況が気になる。

10月11日(月)  COP10始まる
 今日は栗田先生が所用で出かけているので、代理で「伊吹嶺」11月号の校正にかり出される。いつも気になるのは会員皆さんの投句間違いが多いことから、伊吹集中心に校正をさせていただいていたが、今日は同人などの秀峰集、遠峰集、雪嶺集を中心に校正を行う。やはり同人作品にも結構、文法間違いが多い。これらを校正しながら、さらに文章の間違い(ほとんどがワープロ入力時のミス)もあるが、人手で行っているため、とても完全な校正は出来ない。それでも校正の皆さんは精一杯間違いを探す努力をなさっている。裏方さんに徹してもくもくと校正なさっている態度には申し訳ないくらい感謝している。また校正の機会があれば、校正担当の皆さんの努力の一端を担えばと思っている。
 遅くなったが、岡島溢愛さんの句集『根深汁』の紹介を伊吹嶺HPに紹介させていただいた。【こちら】に掲載しています。結構楽しい句集である。購入しても決して後悔しないお薦めの句集である。句集購入希望の方は直接作者にお申し込み下さい。

 今日から名古屋でCOP10(生物多様性条約締結国会議)が始まった。今月末までのCOP10であるが、どこまで成果が出るか興味を持ってみていきたい。COP10の主な目的に次の2+1がある。
1.最も大事なのは生物の種の保全をどう行うかである。これには①種の多様性を如何に食い止めるか、②魚など捕り尽くすのでなく、持続可能な開発のあり方を考えること、③絶滅危惧種の多くを抱えている開発途上国を助けて生物多様性の回復を図ることが第1の目標である。
2.今回のCOP10で最も大きな課題であるが、先進国が開発途上国にある貴重な薬用植物などを採取するとき、途上国側に商品開発で得た利益をどう配分するかの国際ルール作り。
3.さらに直接COP10の範疇でないが、MOP5(カルタヘナ議定書第5回締結国会議)における遺伝子組み換え生物による生態系被害を補償する国際ルール作りである。
 どれも重要な課題であるが、多分3の問題は合意が得られると思う。一番の対立点は2の生物多様性の成果である遺伝子資源の配分であろう。途上国はこれまでのすべての過去に遡って先進国が得た利益をすべて配分せよとの主張には、とても合意に達することが出来ないと私自身予測している。
 いずれにしろ強引にCOP10を名古屋市に誘致して名古屋の責任が問われる10月である。場合によってはこれまでの最低のCOP10と評価されかねない問題をはらんでいる。(もっとも今回先頭になって誘致したのは河村市長でなく、前任の松原市長の責任であるが)
 ましてや名古屋市がもくろんでいる「SATOYAMAイニシチアブ」は外国にとって理解の範囲外であろう。ただ我々俳人にとって里山保全の概念は最も重要な課題である。今後の動きを注視していきたいし、私自身俳人としてCOP10をどのように理解し、どのように行動するかを考えていきたい。

10月10日(日)
 名古屋句会。今月もみや子さんには出席していただき感謝。みや子さんに句を見て貰うだけでも励みになる。また中山ユキさんの句集『杉山』を随分と誉められ、喜んでいらっしゃった。来月の句会にはユキさんの句集上梓のお祝いをすることになった。

10月9日(土)  「伊吹嶺」全国俳句大会
 「伊吹嶺」全国俳句大会が行われた。今回は趣向を変えて、会場を椙山女学園大学講堂で行われた。例年と違って懇親会はやめて実務的な大会となった。 伊吹嶺賞、新人賞、秀句賞の表彰、新同人紹介などの恒例の内容の他、講演として鶴羽句会の会員で、武長脩行椙山女学園大学教授の「芸術家と経済」のユニークな講演。
 大会での栗田主宰の挨拶で「俳句を作るにあたって、俳句の基礎が出来ていることが大事で、プロは自分のレベルを認識している。面白い例として、普通俳句を作るということは、下りのエスカレータを登っているようなもので、なかなか俳句のレベルが上がらないのは、エスカレータを普通に歩いているだけではなかなか上に行くことが出来ない。俳句が上達するには下りのエスカレーでも一気に登ることが必要とのこと。また句会の指導者の努力で句会のレベルが上がるもので、指導者はそれをよく自覚してほしい。」と言われ、自分は果たして句会指導者としてそのあたりを自覚しているのだろうか。また下りエスカレータを一気に上る覚悟が出来ているか自問自答して考え直さなければならないと思った。ひょっとしたら自分はちんたらちんたらとエスカレータを上っていると、入口まで落ちてしまうのではないかと思ってしまう。また「今年の日本人のノーベル賞の受賞では、50年目の夢が叶ったという発言に心を打たれた。俳句においても夢を持つこと、努力すること、これを肝に銘じて俳句に向き合ってほしい。」と締めくくられた。これも肝に銘じなければならない主宰の発言である。
 また伊吹嶺賞受賞の武田稜子さんの挨拶には心を打たれた。毎年窯焚の句を作られて、その一途さと父親の陶器作りの思いに共感してそのチャレンジ精神が今回の受賞につながったのではないか。11月号の受賞作品を読むのを心待ちにしたい。
 なお全国大会模様は伊吹嶺HPに、後日アップします。

10月8日(金)
 山藤句会。先月は私の都合で休会したため、久しぶりの句会。私もそうだが、今年の夏は特に暑かったので、皆さん今頃になって秋バテが来ているようだ。句の中でも爽やかな秋の句を作りたいものである。
 夜は同じ大学出身のNTT現役、OBの集まった飲み会。ここ2,3年仕事の都合で出席できなかったため、現役の若い連中の顔が分からない。しばらく欠席していた罰で今日は乾杯の音頭を取らされる。(65363)

10月7日(木)
 N社の審査結果に対する判定委員会。判定委員会は何回やっても気分のよくないものである。制度上審査員がかってに事業所の登録を決められないため、有識者による判定となる。しかし一番受審事業者の内容をよく知っているのは審査員であって、外野的な視点も困る。
 伊吹嶺10月号が届いてしばらくなるが、この日記に感想を述べるのが遅くなってしまった。栗田主宰の句では、
   妻は父われは母の名流燈会  やすし
に注目した。流燈会の行事は宗教によって違うと思うが、この句は木曽川で流燈会の行事に参加したのだろうか。ともに親を亡くしたということは永遠に子供の心の中から消えない。この句は夫婦の心が一つになったことを詠んだ句であると思った。秀峰集では、次の句に注目した。
   草の中草の色して子かまきり   中川幸子
   校章の落ゐし浜辺ひめゆり忌   山下智子
   門出でゝすでに踊の足使ひ    梅田 葵
   鮎の宿壁に縞なす水かげろふ   清水弓月

 中川さんの句、確かに生まれたばかりは緑色である。それを草の中の草色との表現を得て、子かまきりの愛おしさが伝わってくる。山下さんの句、相変わらずお元気である。最近沖縄へ出かけられたのであろうか。この校章はひめゆり部隊の女学生とは違うかもしれないが、校章を代表して、ひめゆり隊の痛ましさが伝わってくる。葵さんの句、盆踊に出かける弾んだ心が見える。「すでに踊の足使ひ」の写生は秀抜である。弓月さんの句、相変わらず繊細な写生である。水が太陽に反射して揺らいでいる様子はよく見るが、「鮎の宿」の背景がよく効いている。遠峰集では次の句に注目した。
   鳰の子の母呼ぶこゑやヒロシマ忌   近藤文子
   ちぎり絵のやうな雲浮き原爆忌     高橋ミツエ
   潮引いて裳裾まで灼く潮仏        上田博子
   開帳の秘仏は蛇に巻かれをり      栗田せつ子
   蜻蛉の羽化目玉より始まれり       小長哲郎
   青大将鋼光りに川渡る           熊澤和代
   地獄図へこの世の風の秋扇        福田邦子
   梅雨寒や夫もて余す麻痺の五指     山本悦子
   文机に白ゆり匂ふ沖縄忌         都合ナルミ
   道灼けて影といふものなき真昼      下里美恵子
   阿修羅観る扇を使ふ手を休めて      矢野孝子
   黒々と影持ち歩く原爆忌          坪野洋子
   傍らに「風」の歳時記梅雨籠り       八尋樹炎

 1句1句観賞するのも大変だが、今月は忌日の句に共感した句が多かった。忌日の句は自分の思いを如何に読者に知って貰うか、その思いをどのような物に託すかによって感動が伝わるかどうかであろう。

10月6日(水)
 S社の審査結果報告書作成で1日中つぶす。明日が提出日で、土壇場になって必死に報告書を作成する癖がついて、散歩する暇もなくなってしまう。
 Yさんの伊吹嶺HP落書で知ったが5日に「万象」名誉主宰の滝沢伊代次先生が亡くなられたことを知った。時々私の「現代俳句評」の滝沢先生の句の拙評を載せると、豪快な太い字でお礼状が届くことがあったが、もうこのようなお葉書を頂くこともなくなった。滝沢先生の豪快な句も読めなくなった。 合掌
   大鯉をかかへあげたる白露かな   滝沢伊代次
   秋繭のとなるにかすかな音を出す      〃
   畑より間に合ひたると月見豆         〃
   塩の桶底まで叩き牧閉ざす          〃
   芋畑にひびくは釜蓋あく音か          〃

10月5日(火)
 久しぶりに妻と一緒に東員町のコスモス畑までウオ-キング。今週末からコスモス祭ということで、今日はまだ蕾の多い状態であった。写真は田舎の電車を背景のコスモス。
 句友のMさんが今週ご結婚なさるとのことで、ネット仲間でお祝いの句を送る。Nさんのすてきなデザインで立派なメッセージとなった。私自身の句はいまいち分かりにくい句で恥ずかしい限りであるが、お祝い事には心さえ込めればと思うことした。第2の人生を輝いて過ごされることを祈るばかりである。
   祝婚歌聖堂に満ち小鳥来る  宮下翠舟

10月3日(日)
 岐阜の地元の神社の例大祭のため、出かける。この例大祭は7年に1回当番町内が回ってくるが、今年は私達の町内の当番。どこも同じように町内は過疎化し、マンションと駐車場ばかりになり、祭の担当も年寄りばかり。それでも雨の予報のところ、最後の餅撒きまでなんとか雨が降らないで無事終わる。

10月2日(土)
 労働安全衛生マネジメントシステム監査員養成研修の2日目。2日間とも18:00までみっちりと受講したため、疲れた。
 昨日、し損ねた中日優勝を1人で乾杯。但し今日の試合は案の定負け。
 今週はずっと朝早く起きる日が続いたので、睡眠時間が少なくても朝早く目が覚めてしまう。

10月1日(金)  中日4年ぶりに優勝
 今日明日の2日間、労働安全衛生マネジメントシステム監査員養成研修。使いうちにISCでは労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の審査業務をスタートさせる予定のため、とりあえず監査員養成研修を実施するので、その研修に参加。この年になってまだ次々と研修などで老化した頭を酷使するのはつらい。しかし今の世の中、品質、環境も必要だが、企業にとって安全問題は避けて通れない。そういう意味でOSHMSの認証取得の需要はあると言うこと。このシステムで安全関係のリスクアセスメントが重要ポイント。2日間ともきつい日程。
 車で帰る途中、阪神-広島戦を聞いていたら、広島が勝ちそうだったので、我が家に還ってからもラジオで聞いていたら、完封で広島の勝ちで、あっけない中日の優勝。今年は無理かなと思っていたが、最後は巨人も阪神も一人でこけた感じ。今年は忙しくてナゴヤドームに出かけることが出来なかったが、こういう結果なら一度は見に行きたかった。中日が優勝したときは食事が終わったところだったので、今夜の乾杯はやめて、明日一人で乾杯。ところで中日はビール掛けを今夜やるのか明日やるのか、変なところが気になる。

9月30日(木)
 雨の1日。明日提出のK社の審査結果報告書を作成。今月は3社の審査結果報告書を提出して、一山越えた感じ。来週まであと1社報告書作成が残っている。(65156)

9月29日(水)
 ぽっかりと空いた1日。天気も晴れの1日で思いついたように明日香に出かける。例年なら先週が曼珠沙華の盛りのはずが、今日でもまだ蕾の曼珠沙華が多かった。ウイークディにもかかわらず棚田には溢れるほどのカメラマンが埋め尽くす。例年の案山子祭もまだ展示されており、1日晴れを楽しむ。帰りの列車では俳句を作ろうと思ったが、連日の睡眠不足で、桑名までぐっすりと寝込む。以下はほんの少しの明日香の写真です。トップページの棚田の曼珠沙華と同時に見て下さい。曼珠沙華は赤、白、黄(鍾馗蘭か)とあり、その他、紫苑や、石舞台の隣では楝の実がびっしり実っていた。


遠景の棚田の畦にはみな曼珠沙華

色濃い紫苑

黄の曼珠沙華もかたまっていた
(人工的に植えたのか)

案山子祭の最優秀(親子でクッキング)

9月28日(火)
 K社のISO登録審査。今回はたまたま我が家から近い会社で朝遅い出発で助かる。最近は新たなISO9001の認証取得のない時代になってきたが、今日は新規の登録審査で久しぶり。会社自身の品質向上、顧客満足を向上させたいという会社が出てきた好ましい。自ら品質向上を目指すこと自身、会社経営にも役立つことが認識されてきているとしたらうれしい。

9月27日(月)
 久しぶりに岐阜同人句会。月末の月曜日というのは結構仕事が入っているので、前回出席したのはいつか分からなくなる。土壇場で俳句を作っているため、当然成績は悪い。この句会ではいつも櫻井さんのユニークな句が楽しみ。
 句会へ出かける往復で再度、誓子の『花蜜柑』を読み直す。元の原本で読むと誓子の考えがよく分かる。誓子の一貫した「写生構成」論は戦前も戦後も変わっていないことが分かる。これを読み終わったら、さらに晩年の『誓子俳話』も読み直してみたい。

9月25日(土)
 「伊吹嶺」編集会議。11月の編集と1月号の企画。少しずつ誌面も執筆者も新しくしていく予定。またもたもたしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまうので、そろそろ15周年記念号の企画も考えていかなければならない。
 今週はこれで、仕事の審査結果報告書も「伊吹嶺」の現代俳句評も一段落したので、また俳句モードに戻りたいが、そんなにうまく切替が出来ないのがつらい。常に俳句を作っていくという心構えが足りない報いである。

9月24日(金)   中日俳句教室講義録
 今週、急遽N社の審査結果報告書を仕上げてくれと言われ、伊吹嶺原稿も滞っている状況で一度は断ったが、思い切って両方とも書き上げて一息ついたところである。おかげで今週の私の日記を書く暇がなかった。その間、いろいろあったが今思い出して書いている。
 今日は毎月の定期診察。人間ドックの結果を見せたところ、思い切って痩せないと駄目と言われる。一方黄斑変性の方は進行していないとのことで一安心。
 旅遊さんから、中日俳句教室講義録を頂きました。いつものように講義録部分を【こちら】に載せました。今月は「伊吹嶺」9月号を見本に「俳句は詩である」ことを分かり易く述べていらっしゃいます。皆さんに読んでいただきたいと思います。(64997)

9月23日(木)  『花蜜柑』(山口誓子)
 残暑が一転して寒い秋の1日。今日は伊吹嶺原稿書きに1日中家に籠もる。文章を書くために古い句集を探していたところ、山口誓子の『花蜜柑』が出てきた。この本のなかの「言葉について」が「俳句研究 夏の号」で遠藤若狭男が「読み直す評論」で紹介していたものである。確か中日俳句教室で栗田先生も紹介されていた評論である。(【こちら】に紹介されています)いま『花蜜柑』を開いてみると、「言葉について」はエッセイの位置づけとなっている。誓子にとってはこの程度の俳論はエッセイに過ぎなかったのだろうか。発行を見ると昭和42年11月となっており、まだ26歳の時に読んでいたようである。ただ『花蜜柑』にあまり書込がないので、私には難しかったのかもしれない。この頃は誓子に傾倒していた最中だったと思う。確か句集『構橋』『方位』『青銅』の3部作も出たばかりで、「れもん」に句集評を書かせていただいたことも思い出した。
 

9月22日(水)  「俳句四季 花の歳時記」に「萩の花 福田邦子」
 今日は中秋の名月。予報では曇る予定であったが、岐阜県側から盛んに稲びかりはするものの、運良く晴れる。久しぶりの名月を見たような気がする。
 「俳句四季」の10月号を見る。今月の「花の歳時記」では同人の福田邦子さんが「萩の花」を書いていらっしゃる。歳時記と言っても単なる萩の花の説明でなく、福田さんの心の籠もった随筆を読むようである。特に後半部分は綾子先生の思い出、家族の思い出など福田さんの優しい気持ちに触れたような文章であった。是非多くの皆さんに読んで貰いたいものである。
 夜、N社の審査結果報告書を作成しながら、中日ー阪神戦を見ていたら投手戦の9回裏のブラゼルの暴投でさようなら勝ち。今日のヒーローはブラゼル。これで大分優勝に近づいてきたと思いたい。

9月20日(月)
 伊吹嶺運営委員会。と言ってもほとんどが報告事項。ただ11月6日の俳人協会愛知支部名古屋大会の説明が片山さんからあり、この大会だけは「伊吹嶺」のメンツを掛けて出来るだけ多くの「伊吹嶺」会員の参加を望みたいものである。私も出来る限り皆さんに声を掛けたい。

9月19日(日)
 先週は1泊の出張、審査員研修、伊吹嶺・薫風合同吟行会などで毎日朝早くおきて出かける生活と昨夜は伊吹嶺・薫風合同吟行会模様のアップを行ったため、朝目が開かない。一日中だらだらと過ごしたが、今週は伊吹嶺原稿と審査結果報告書作成が待っているので、あまりのんびり出来ない。

9月18日(土)  伊吹嶺・薫風合同吟行会
 いつも栗田先生がお世話になっている「薫風」の20名もの皆さんが岐阜に吟行いらっしゃるということを聞いて、伊吹嶺側も20程度集まって合同吟行会をしようと話があり、主に編集・校正担当メンバーで参加することになった。詳しくは伊吹嶺HPの【こちら】に掲載しました。
 「薫風」の皆さんは加藤憲曠主宰以外一度もお会いしたことがなかった。バスの中や夕食会ではそれぞれ「薫風」の皆さんと隣同士になるように配慮してあり、十分交流が出来た。夕食ではたまたま隣の席の方がNTT出身で仙台、青森などの話題に親しくさせていただいた。
 なおたまたま私の手許に「薫風」8月号があり、参加された主な方の俳句を紹介すると、以下のとおりです。(一部の方が抜けています)
   我が視界を離れぬ蜻蛉増えてくる   加藤憲曠
   梅雨の月うるみつ刻を移りけり     蛯名晶子
   ふるさとの立夏の風を甘しとも      小野寿子
   牡丹の今しくづるる音聴けり       杉本東舟
   谷風に白き風張つて水芭蕉       星多希子
   父母の忌を合はせて修す花氷      大川恵子
   竹皮を脱ぎしなやかな風通す      西川無行
   枯山水に石の舟置き樅新樹       伊藤幻人
   夏服や還らぬ吾子を待つやうに     小野いるま
   白服に敬語ばかりの自衛官       金田一一子
   寄り海鞘を拾ふ嫗の浜ことば       坂下和子
   道問へば砂嘴指差せり炎天下      藤井芳子
   新緑や倒木ねむらす湖の底        花田晶子
   色褪せし老舗の暖簾夏料理        千葉禮子
   新緑の山の間近な息遣ひ         川崎寿重
   新生児揃ひ退院マリア月          木村あさ子
   しろがねの風もろともに蝉生る       くどうひろこ

9月17日(金)
 ISCの審査員研修。午後は久しぶりの工場見学。この会社はH系の自動車の各金属部品を製造している会社。見学もさることながら、品質保証体制、環境保全体制がしっかりしているのに感心した。また品質でも環境でもそれぞれ改善活動がデータに基づいた地道でかつ確実な成果を上げていることに感心し、その改善手法やツールに熱心に取り組んでいることが分かる。また一般的な品質改善の分析、統計手法も私達の頃と違って随分と進歩していることに驚きもし、説得力のあるものとなっていた。もう私の10数年前の品質改善手法は古くて使えない時代に来ていると実感した。ただ事業計画に使う方針管理の手法は基本的なものに変わりはないので、まだまだ私の知識も少しは使えるかも。
 今日は愛知同人句会を欠席してしまったが、その時正式に伊吹嶺賞、新同人が決まったと聞いた。その記事は伊吹嶺HPの今日の落書に書いてあるので、【こちら】から入って読んで下さい。(64803)

9月15日(水)-16日(木)
 S社のISO審査。今回は更新審査で、リーダーを担当するため、荷が重い。審査は豊橋と浜松のため、日帰りも大変なので、豊橋で1泊。よりによってこの2日間が時々スコールが降ってきて工事現場に出かけるときがやっかい。帰った夜、暫定報告書を作成後、ぐったりとして何もしないでだらだらと夜を過ごす。今年はエアコンにあたりづめと夏風邪を引いて、その後遺症で秋ばてになっているのか。

9月14日(火)  ウミガメ放流に待った(時事通信2010.9.11)
 今夜、何気なくNHKニュースを見ていると、園児らがアカウミガメの放流風景を流していた。子供の環境意識を植え付けるには最適のように思えるが、私は大きな違和感を感じた。と言うのもつい2,3日前時事通信の報道を読んでいたからである。時事通信が言っていることは、

 子ガメは、魚や海鳥などの捕食者から逃れるため、通常夜間に海に帰る。また子ガメは砂から出て10~20時間が一番元気で、岸から離れたところまで必死に泳いで行く。従って翌日の昼間に行われる放流会では生残率が低下することが予測される。子ガメの放流はイメージがよいし、環境教育にも役立ちそうと考えられるが、子ガメの生存率を高めるためには放流会はやめてほしい。

 という報道である。私も今まで漠然とした知識しかなかったが、確かに生まれてまだ元気なうちになるべく早く岸から離れるのが、自然の摂理にもあっていることだろう。なおこの記事は次のアドレスに掲載されています。
   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100911-00000065-jij-soci

 12日に『俳句研究 秋の号』に「特集平成に逝きし俳人たち」が掲載されていることをご紹介したが、この中で懐かしい方の記事に出会った。それは松崎豊さんである。最後は「面」「雷魚」同人で亡くなられた。松崎さんとは私が一時多田裕計先生の「れもん」に投句していたとき、よく句会や吟行にご一緒させていただいたことがある。東京へ就職したばかりのお上りさんである私にもいろいろ教えていただくことが多く、いわゆる江戸の粋を継承しているような方であった。また非常に博識で俳句についても何かの話題になるとその関連の俳句がすぐ出てくることにびっくりした。俳句の在庫が無尽蔵という感じであった。この松崎さんを見習って私もなるべく多くの俳人の多くの句を覚えることが必要だと思ったが、そのうち仕事に忙しさにかまけて、俳句を止めてしまった。若いうちにもっと俳句を読んでおけばよかったと反省している。この世代になって俳句を読んでもすぐ素通りして消えてゆく。当時三橋敏雄の『まぼろしの鱶』をお借りして全句筆写したことも思い出されるし、一時「風」にも投句なさっていたことも思い出した。また松崎さんは戦争体験者で随分と苦労なさったようである。最後に次の句を紹介したい。
   体内に弾の余生や麦こがし   松崎豊

9月13日(月)  多摩川の鮎遡上最高の196万匹(読売新聞2010.9.10)と 醒ヶ井のハリヨ
 つい昨日知ったのだが、多摩川に遡上した鮎がこれまでの最高の196万匹を確認したという。多摩川というと、私が横須賀に住んでいたとき、横須賀は大きな川がないため、水道の水源は遠くの多摩川から引いており、とてもまずかったのを覚えている。しかしその汚い多摩川でも鮎の遡上が196万匹になったというから、川の浄化をやろうといえば、出来ることを証明している。
 それに引き換え、清流長良川では年々鮎の遡上が減少し、とうとう全面的に稚鮎の放流に頼らざるを得なくなっている。原因は当然のことながら、長良川の河口堰のせいである。このため、現在ではほぼ100%近く遡上が妨げられている。それにどんどんあちこちから稚鮎を取り寄せて放流していると、遺伝子の交雑が起こり、長良川の純粋の鮎がいなくなってしまう。いまさら河口堰を破壊することが出来ないので、せめて水門開放すべきではないか。
 今年のCOP10のテーマの1つに”遺伝資源の保全”があるが、その肝心の名古屋市が河口堰の水源を利用している立場から、足元の長良川の鮎の遺伝資源を守ろうという意志がないのだろうか。なお多摩川の鮎の遡上の記事は次のアドレスを参照して下さい。
   http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20100910-OYT1T00934.htm

 なお話は変わりますが、遺伝資源というキーワードでいうと、今醒ヶ井のハリヨが絶滅の危機に瀕している。この理由は醒ヶ井の地蔵川にハリヨに似ているイトヨが放流されているせいという。ハリヨとイトヨは確かに形は似ているが、全然種類が違う。これも人工的にイトヨを地蔵川に放流しているせいで、ハリヨとイトヨの交雑が進み、今では純粋のハリヨが絶滅に近いという。これもCOP10のテーマである“遺伝資源の保全”の大きなテーマであるが、その名古屋の周辺を見ただけでも遺伝資源の保全問題の悪化が進んでいることは嘆かわしい。なお醒ヶ井のハリヨの絶滅の記事は古いニュースですが、同様に読売新聞の次のアドレスに紹介されています。
   http://osaka.yomiuri.co.jp/animal/genre2/20100526-OYO8T00603.htm

9月12日(日)  「俳句研究 秋の号」と 自註句集『田島和生集』所感
 名古屋句会。今日はみや子さんが欠席で残念。
 私はいつも投句の際、句帳から良さそうな句をメモ用紙に抜き書きして、一覧にしてそこから句会、「伊吹嶺」などに投句している。1ヵ月たったら、そのメモ用紙を捨てているが、そのメモ用紙をどうもなくしたらしい。先週は高山、研修などに出かけ、その度に入れる鞄を変えていたため、どこかでなくしたらしい。高山のホテルらしい。おかげで今日の名古屋句会は出かけるバスの中で思い出しながら、句を作った。こんな状況ではよい俳句が出来るはずがない。

 『俳句研究 秋の号』が届いていたが、今月も栗田主宰などの記事が多く出ている。「特集平成に逝きし俳人たち」では「風」系の主宰の中で、栗田先生が「沢木欣一」を書いている。その中で沢木先生の『昭和俳句の青春』(「俳句研究」で連載されたもの)についてのエピソードが書かれている。『昭和俳句の青春』は戦後の第2芸術論、俳壇再編成で終わっている。いわば戦後の俳壇と沢木先生との関わり合いが抜けている。特に沢木先生の『塩田』の発表、社会性俳句運動の背景など知りたいことがありながら沢木先生は逝ってしまわれた。栗田先生の証言から沢木先生は後編を書くつもりでいらっしゃったことが分かったが、この長寿時代、あと数年生きていらっしゃたら後編を読めたかもしれないと思うと残念。しかしこれも運命で仕方ない。
 その他に、下里美恵子さんが「初蝉」と題した随筆、行方克巳さんの「俳句時評」では栗田先生の〈奥入瀬の地霊目覚めし雪ゑくぼ〉なども取り上げられている。
 
 また大変遅くなりましたが、「雉」8月号に「自註句集『田島和生集』所感」を書いていましたが、8月号に掲載されていたことが分かりましたので、【こちら】に掲載しました。興味のある方は読んでいただければ幸いと思います。

9月11日(土)
 隔月に掲載している現代俳句評、アップする時間がなくて、今日アップしました。9月号分は【こちら】から入って下さい。合わせて短文で「ネット仲間の俳句散歩」も9月号に載せました。こちらはいつも俳句がなくて困ったとき、とりあえず妻と一緒に思いついた当日いきなり明日香に出かけることがある。そんな思いで書いたものである。興味のある方は【こちら】から入って下さい。

9月9日(木)-10日(金)
 毎年、品質審査員資格維持のため、継続的専門能力開発(CPD)のため、年間15時間の研修が義務づけられている。これまでは所属しているISCの審査員研修や外部講演などの記録をかき集めて、15時間分を研修記録に書いていたが、何枚も書くのは面倒なので、今年は有料で行われているCPD研修の2日間コースを受講した。時間と金がかかったが、この研修記録1枚で年間の所要時間を満足している。講義内容としては目新しいものはなかったが、受講者の他企業の実情を聞くことが出来たのが収穫。今週はずっと朝早くおきて過ごす毎日であったが、さすが夜はぐったりして、何もする気がしなかったが、今日のメールでうれしいニュースに出会い、私もうれしくなった。(64632)

9月8日(水)
 昨夜のうちに、犬山から高山に移動し、K社のISO審査。よりによって今日は台風の影響で、大雨。いつもなら雨を歓迎するのだが、工事現場に出かけるため、困る。しかし審査が終わり、高山駅に着いたときはほとんど雨が止んでいた。

9月7日(火)
 綾子忌吟行会。この頃は伊吹嶺HPのアップと掛け持ちで私の日記に書くことが種切れになる。例によって私の吟行の結果は惨たるものであるが、皆さんのよい句に会えたことがうれしい。特に栗田主宰が強調されていたのが、「綾子忌」は他の季語との組合せでなく、単独で綾子忌が認知されるように努力することが「伊吹嶺」「風」連衆の責務であることをおっしゃっていただいたことは心強い。その例は伊吹嶺HP落書に書いたので【こちら】を参照して欲しい。なお今日の栗田主宰の句は沢木先生宅で綾子先生が作られた零余子飯の思い出を詠んでいらっしゃる。これも心のこもった句である。
   零余子飯賜はりし日よ綾子の忌   やすし

9月6日(月)    今日は綾子忌
 Y社の最終整理と製本して、ISCへ郵送。
 今日は綾子忌。と言ってもこれだけ暑いと実感が湧かない。昨日の中日新聞に綾子先生の句が紹介されている。
   暑き故ものをきちんと並べをる   細見綾子
 櫂未知子は「冷房のない時代、せめて見た目だけでもすっきりさせようと『ものをきちんと並べ』た」と解説している。綾子先生の句、季語は「暑し」だが、きちんと並べることで涼しさを演出しようとしたのだろう。これは現在に通ずると新聞には書いてあるが、今年のようにこんなに暑いとそんなことも言ってはおられない。私達はとても綾子先生の境地に達することが出来ない。いつになったら「涼し」という季語が使えるのだろう。
 今日は綾子忌ということで、Tさんに伊吹嶺HPの落書に綾子忌について書いてくれと乗せられてしまったので、先ほど書き終わったところである。せっかくなので以下に落書をそのままコピーします。
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 今日は綾子忌。私が最後に細見綾子先生にお会いしたのは平成5年の夏、刈谷の小堤西池の吟行の時。俳句を再開して2年目の時でした。亡くなられたのは平成9年ですから、その4年前になります。今でも先生が池のそばにかがんでいらっしゃったのが目に浮かびます。以来毎年綾子忌の時は必ず先生を偲んで1句を作ろうとしていますが、未だに納得のいく句が出来ません。
 「伊吹嶺」「風」関係の方も毎年多くの方が詠んでいらっしゃいますが、ほとんどが秋の季語との組合せで詠んでいます。つまりまだ綾子忌だけで単独の季語になり得ていないということです。最新の『角川俳句大歳時記』にも季語として認知されていますが、句としては他の季語との組合せです。「伊吹嶺」も含めて「風」を継承する俳人が多くの綾子忌を詠めば単独の季語として認知されるのではないでしょうか。
 栗田主宰も毎年のように綾子忌を詠まれています。
   みまかりし師と語りゐる良夜かな   平成9年
   くわりんの実机に一つ綾子の忌    平成10年
   紫苑咲き初むと妻言ふ綾子の忌    平成11年
   鶏頭の種採ることも綾子の忌      平成13年
   鶏頭に音なき雨や綾子の忌       平成14年
   綾子忌を三日過ぎたる坊泊り      平成16年
   鶏頭の影濃き日和綾子の忌      平成17年
   綾子亡し大沼の空雁わたる       平成18年
   秋の声聴けり綾子の句碑の前     平成19年
   秋日さす銅色の綾子句碑        平成20年
   綾子の忌集ひて句碑に触れ合へり  平成21年

 「伊吹嶺」の連衆の句をさがすとなるととても短時間では抜き出せません。しかし「伊吹嶺」、インターネットに出ている句を少し紹介します。
   棗の実雨に色づく綾子の忌      栗田せつ子
   綾子の忌明日は白露とのみ記す   鈴木みや子
   綾子師に摘む野葡萄のうすみどり  梅田 葵
   露草の群青色も綾子の忌       山下智子
   野の花を一本卓に綾子の忌      下里美恵子
   綾子の忌まだ遠けれど石蓴汁     中山純子
   綾子の忌壺に高きは吾亦紅      滝沢伊代治
   綾子の忌加賀の満月昇りきし     鈴木厚子

 と書き出せばきりがありません。明日は「伊吹嶺」として犬山ホテルにある綾子先生の句碑を中心に吟行が予定されています。ここで綾子先生を偲んだ心のこもった句を期待したいものです。なおトップページの綾子句碑は2年ほど前の9月6日に撮影したものです。最後に私の好きな綾子先生の句を紹介します。(隆生)
   吾亦紅ぽつんぽつんと気ままなる   細見綾子

9月5日(日)  
 約半日かかってY社の審査結果報告書を書き上げる。あとは夜遅く間違いチェックと資料整理して製本。
 「伊吹嶺」9月号が届いた。いつものように同人作品を見る。栗田主宰の句で、
   青芝を四角にはがし遺跡掘る   やすし
 「芝生を四角にはがし」が真実であり、遺跡は確かに土を深く掘らないと発掘できないが、「四角にはがし」が類型のない発見である。秀峰集では
   風化佛膝の円かに夏の蝶     山たけし
   残心てふ一語の祝詞涼しけれ   梅田 葵
   やや遠き次の緑蔭古街道     櫻井幹郎
   梅雨寒の食卓椅子の二つきり   清水弓月

 山さんの句、風化佛というと直ぐ粗いとか剥がれているとか言うが、「円かに」との表現が作者自身の感性であろう。学ばなくてはならない感性である。葵さんの句、私は「残心」という意味が分からなかったが、調べてみると剣道用語であることを知った。剣道で1本を取るにはただ打ち込むだけでなく、打ち込んだあと一瞬のうちに身を引いて相手の反撃に瞬時に対応する準備が必要であると知った。確か俵谷さんが祝辞で述べた一語で栗田先生自身にしみ込んでいる剣道の心が『海光』のような隙のない句集となったのではないかと発言されたのであろう。私はすっかり忘れていたというより心にも留めなかったが、葵さんはしっかりとその言葉を留めて、栗田先生に対する尊敬の念で詠まれたと思う。来賓の挨拶もしっかりと聞き逃さない律儀さを感じた句である。また「祝辞」でなく「祝詞」と呼んだことにも葵さんのこだわりが見えた気がした。櫻井さんの句、あまり「伊吹嶺」では拝見できない感性を持った句である。「やや遠き」がよい。清水さんの句、我が家もこの通りの家族構成でお二人さんになって久しい。二人家族を詠むのに、「梅雨寒」の季語がよく効いている。遠峰集では
   阿旦筆文箱より出す慰霊の日   近藤文子
   青葉潮富士昏れてより粗々し    栗田せつ子
   作り滝舞台にしぶく夏芝居      森靖子
   青葉潮匂ふ江の電止まるたび    都合ナルミ
   みちのくの初めの一歩霧の中    下里美恵子
   千体の地蔵のつむり緑さす      矢野孝子
   短夜の夢の底ひに母の顔      武田稜子
   消石灰撒かれし牛舎青葉冷     八尋樹炎

 特に近藤さんの句、阿旦の筆を取りだして沖縄を思い出している。阿旦は亜熱帯常緑灌木で海岸の浜辺と陸地の境い目に繁茂している。その葉を割いて筆にするのだろう。沖縄忌はいつまでも忘れてはならない日である。せつ子さん、ナルミさん、孝子さんの句はいずれも江ノ島吟行句で、私は結局1句も残らなかった。靖子さんの「作り滝」の句、私も一度は作ってみたい句であるが、未だに出来ていない。「作り滝」の句というと、今でも思い出すのは「ネオン見る男女となりぬ造り滝  三橋敏雄」の句で、若いとき読んだ句集『まぼろしの鱶』の1句で、今でも思い出す。当時まだ若かったため、この句から男女のあやしげな関係を想像した句ではないかと解釈したことがあった。下里さんの句、仙台周辺の句であろうと推測されるが、みちのくの最初の一歩が霧の中であったという実景に感慨深いものがある。樹炎さんの句、宮崎県の口蹄疫は大変な苦労しただろう。樹炎さんの近くの牧場も被害を被ったことであろう。丁度この頃、五島列島に出かけたとき、牛が多く放牧されており、島の人はぴりぴりしていたことを思い出す。   

9月4日(土)  マーラー交響曲第5番(名フィル定期コンサート)
 チングルマ句会。今日は先日吟行に出かけた奈良井宿、坪庭、尖石遺跡の句が多い。似たような句も多いが、その中で何か一寸した感動が伝わる句があり、それらの句は皆さんも共感を得たようである。
 句会の途中で離籍して名フィル定期コンサートに出かける。今日はマーラーの交響曲第5番。この曲は名フィルでも聴いたような気がしたので、過去の日記を調べたら、聴いていなかったことが分かる。
 曲は特に第4楽章のアダージェットが映画『ベニスに死す』で超有名になっている。ただ第1楽章のトランペットのファンファーレの出だしが印象的で、副題が葬送行進曲とあるが、中間部の荒々しい主題が主体のように聞こえ、葬送行進曲は後半になってようやく現れる。第2楽章も同様に荒々しい主題。第3楽章を経て、第4楽章が映画音楽でなじみの曲でゆったりと聴ける。第5楽章はもっともマーラーらしい歌曲風主題になっている。全部で1時間以上の大曲であるが、いろいろと変化があって楽しめた。

9月3日(金)
 N社のISO更新審査。今月は4件の審査を抱えており、そのうち3件がリーダーを担当しており、そのため審査結果報告書を作成しなければならないのが重荷。今日の会社は品質作りがよく不適合の指摘事項はなし。

9月2日(木)
 伊吹嶺インターネット部では今年もオフ句会吟行を計画した。10月31日ー11月1日の1泊で京都へ出かけることにした。オフ句会は日頃ネット上だけで句会、合評会を行っている会員を対象にオンラインを離れてオフライン即ち直接皆さんと一堂に会して、吟行、句会を行うものである。いぶきネット句会会員、HP句会投句者などを対象にしているので、この日記を読まれている方で該当の方は是非参加を考えていただけると幸いである。参加申込みは伊吹嶺HPにも案内しているが、次のアドレスからも案内しているので、参加申込みしてください。(64415)
  http://www.ibukinet.jp/10offkukai/10offkukai.html

9月1日(水)
 しばらく俳句浸りになっていたので、仕事の方がおろそかになっていたので、今日は1日中家に閉じ籠もって、S社の審査計画書作成に没頭。妻からたまには散歩にでも出かけたらといわれるが、とうとう一歩も外で出かけることが出来なかった。相変わらず暑いことと夏風邪が完全に治っていないことから身体がだるいこともある。

8月30日(月)-31日(火)  チングルマ句会吟行(奈良井宿、縞枯山の坪庭、尖石遺跡)
 毎年と同様に御岳休暇村を起点にチングルマ句会の吟行。句会メンバーもだんだん高齢化して、もう山は登れない。奈良井宿、坪庭、尖石遺跡とも一度は出かけたところであるが、メンバーと出かけるとまた気分も一新する。ただ2日間とも好天に恵まれたが、長野県も猛烈な暑さで、涼みに来たとは言えない。
 以下は吟行の写真を少し。


奈良井宿の二百地蔵

奈良井宿のマリア地蔵

坪庭で見た松虫草

北横岳をバックに

縄文住居前で

縄文のビーナス(国宝だが撮影可能)

8月28日(土)-29日(日)
 「伊吹嶺」編集会議。いつも夏休みに合わせ、1泊で内海海岸に出かける。その前に鵜の池、鵜の山を吟行。沢木先生が度々名古屋へいらっしゃったとき、よく鵜の山にも出かけられたとか。私も鵜の池の奥に、鵜の山があることは知らなかった。
 編集作業は午後から集中的に行い、能率が上がる。
 2日目は野間大坊、南吉の里など回る。

8月27日(金)
 S社のISO審査で、はじめてISO9001を導入する登録審査で、メンバー参加。
 今日もみすずさんのラジオ放送を聞いたが、キリスト教信者になるきっかけの話。

8月26日(木)
 夏風邪を引いている間に、旅遊さんから今月の中日俳句教室(8.17)の講義録を貰っていましたが、アップするのが遅れてしまいました。【こちら】またはトップページの「中日俳句教室講義録」をクリックして下さい。
 今日はいつものように毎月の定期診察のあと、名フィルのコンサート。今年は定期コンサート以外にブラームスの交響曲全曲シリーズを聴きに行っている。今日は2回目の交響曲2番。ブラームスは交響曲1番に代表されるように重厚で、暗い情念に彩られた印象であるが、この第2番はバイオリン協奏曲と同時に作られており、どちらも伸びやかで明るい曲調である。牧歌的な第1楽章などから、ブラームスの田園交響曲ともいわれている。その代わり第1交響曲と第4交響曲にはさまれて、あまり強い印象はない。

8月25日(水)
 18日頃から、慣れないエアコンをつけたため、夏風邪にかかったようである。やっと今日あたりから身体に力が入るようになった。その間、この日記も休んだままとなった。18日から24日までの思い出したことは今日25日に書いたものです。
 風邪にかかっていた間、今日までようやくN社、K社の審査計画書の作成、提出を終えた。
 今日のみすずさんのラジオ放送は、我々も訪れた沖縄、糸数の沖縄戦にアブラチガマで体験された日比野さんの話です。「伊吹嶺」会員の方は是非聞いていただきたい内容です。(64192)

8月24日(火)
 町の半日人間ドック。この暑さで検診者も少なく、スムーズに終わる。病院のすぐ近くが、「阿下喜の湯」の温泉であるので、ここでゆっくり浸かる。ただまだからだが全回復していないので、湯あたりして疲れる。
 句友の鈴木みすずさんから我々にメールを頂き、みすずさんが23日から28日まで、キリスト教番組のラジオ放送に出演なさっている。毎日1話ずつ3分間話されている。この日記を読まれた方には、是非みすずさんの話をお聞き頂きたい。電話番号は03-3291-4604です。1日中聞くことが出来ます。今日は韓国の従軍慰安婦の話です。

8月23日(月)
 審査機関ISC主催でISO9001、ISO14001を認証取得している企業、ISOコンサルタントそして私達ISO審査員向けの情報交換会として、最近の動向の講演会。今日は企業活動事例、PCB廃棄物処理の最近の動向、経営に有効な内部監査のあり方などを聞く。そのうち、PCB廃棄物はずっとPCB廃棄物処理特別措置法が平成13年に施行されたから、そのままになっているが、いずれ15年間の平成28年までにPCBの破壊処分の期限が近づきつつある。PCBと言ってもトランス、コンデンサなどの高濃度PCB含有の廃棄物の処理はまだしも、微量PCB汚染廃電気機器は何万台あるか分からない。(どうも全国で120万台上あるらしい。)その最近の深刻な状態の現状の話を聞く。

8月21日(土)-22日(日)
 夏休みのこの時期、いつも長男の子供たちが1泊で遊びに来る。体調が一番最悪の時で、21日はほとんど妻に任せきりで申し訳ない。22日は車で近くの多度峡の天然プールで遊ぶ。子供は元気でいつまでもプールからでない。今日は私も一緒に子供たちと天然プールに浸かる。ただこれだけの暑さの中、自然の川の水に浸かることは一時涼しく過ごせるだけでも気が紛れる。

8月20日(金)
 風邪で体中がだるい中、愛知同人句会。休みたい気もしたが、今日はいろいろと伝えること、相談することがあり、出席する。たまに私の句が採られても声がかすれて名乗りを上げることもままならない。句会後、仲間と一緒に今年のオフ句会の計画について相談する。今年のオフ句会は10月31日~11月1日を予定している。

8月19日(木)  日本人がもたらした外来生物によるアサリの被害(NHKTV「一寸変だぞ日本の自然」)
 今日のNHKTVで「一寸変だぞ日本の自然」と題して、今の日本の自然破壊の実態が放送されていた。そのうち、今日私が、始めて知ったのは日本の潮干狩場で外来生物の「サキグロタマツメタ」という貝がアサリをどんどん死滅させているという内容。サキグロタマツメタという貝がアサリに穴を開けて中の肉を吸い取るやり方である。貝が貝を食べるということ。もともとサキグロタマツメタは朝鮮半島と中国沿岸に生息している貝で、中国、韓国からの輸入アサリに紛れ込んで来た。日本のアサリ業者は潮干狩場にアサリをばらまいていたが、これに伴いサキグロタマツメタが大発生して全国50個所の潮干狩場のアサリが絶滅に危機に瀕しているという。もとと言えば日本の業者が養殖という手間がかからない輸入に頼ったせいである。今のところは人手による駆除しかないという。水温20℃以下になるとサキグロタマツメタの産卵が始まるので、この時期である9月~11月に集中して駆除するのがよいという。ところが輸入元の中国では天敵の蟹がいるし、食用にもしているので、問題になっていないという。これから日本では地道にアサリの養殖を行うのが基本であろう。サキグロタマツメタの情報は次のウィキペディアにも載っています。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%83%84%E3%83%A1%E3%82%BF

8月17日(火)
 10日ほど前に見た映画「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ」が印象深く、今週でロードショーが終わるので、また見に行く。最近タンゴ公演を見ていないので、タンゴ禁断症状にかかっているらしい。同じ映画を2度も見たのは独身時代の「ウエストサイドストーリー」以来である。今日も懐かしいマエストロを思い出しながらタンゴを聴く。私のライブラリーではCDにはなく、LPレコードしか持っていないものもあり、最近聞くチャンスもなかった。とくに既に故人となって映画ではモノクロの演奏風景しか見ることが出来なかったファン・ダリエンソ、アニバル・トロイロ、オスワルド・プグリエーセなどのLPレコードをCD化して保存したいと思っているが、なかなかその作業をする時間がない。
 ついでに今日はカリンカ句会なので、そちらにも出席する。今日は句会までの時間があったので、忌日の句ばかりを作って出席した。他の人も忌日の句があったが、今日、話題になったのは「終戦日、終戦忌、敗戦日、敗戦忌」などいろいろあるが、どれを使うか議論があった。結局は自分の体験に基づく季語を使うしかないのだろう。栗田先生は父上のことから、常に「敗戦忌」である。私は年齢上、実体験はない。ただ歳時記にある「終戦記念日」から1つの忌日として現在の体験でしか詠むことが出来ないので、「終戦日」が一番すんなりと詠める。しかし父親につながる実体験となるとそうはいかないだろう。インターネットで調べると、終戦忌、終戦日と敗戦忌、敗戦日がほぼ半々である。ただ次のような句もあり、俳人としても割り切れないものがあるように感じた。
   敗戦か終戦かかの氷水   宇多喜代子
 この句の解釈は難しいがあの8月15日は敗戦だったのか、終戦だったのか、あのときの氷水を思い出しながら自問自答している句と感じた。

8月16日(月)
 いぶきネット句会の合評会の2日目。今日は20名を超すメンバーで昨日以上に意見が飛び交う。今日のチャットで「喫茶店にショパンの曲が流れている」という句があり、俳句ではみなショパンが多いのですか。というような質問があったので、一寸調べてみた。沢木先生、細見先生にはあまりなかった。
   鰻の日カラヤンよりも寅次郎       沢木欣一
  キャスリン・バトル虹立つやうに唄ひたり 細見綾子


 他の俳人で調べてみたところ、私の手持ちの句集で確認すると、圧倒的にダンディーな楠本憲吉に多かった。憲吉は生前、「灘萬」を経営していた。次に上げた句以外にも多くあった。
   みな遠し子犬のワルツたゝ弾かれ     楠本憲吉
   弾き出すバッハ露びっしりと女学校    楠本憲吉
   そこで無言の妻に戴冠カンツォーネ    楠本憲吉

 さらに
   鳴りだす第五灼けしづまれる石の塀    秋元不死男
  ショパン弾き了へたるままの露万朶    中村草田男
  草萌えにショパンの雨滴打ち来たる     多田裕計
  暖炉灼く夫よタンゴを踊ろうか       三橋鷹女


 これらの句で最もクラシックらしい句は、秋元不死男の句で、街を歩いていたら、ベートーベンの第5が聞こえてきたという印象的な句である。またショパンは俳句にも結構人気がありそうである。このうち多田裕計先生は一時私が若い頃おつきあいさせていただいた方で、芥川賞作家である。この句はまだ「れもん」誌の主宰となっていなかった「鶴」時代の句である。また三橋鷹女の句は戦前の句と思われないくらいモダンな句である。こうして調べて傾向を見るのは面白いが、インターネットで調べたり、句集をひっくり返したりで、結構時間がかかる。

8月15日(日)  終戦記念日の第9
 今月のいぶきネット句会の合評会。お盆で忙しいと思ったが、20名の参加で活発な意見交換が出来た。
 また今日は終戦記念日。これについては伊吹嶺HPの落書に書いてほしいと頼まれていたので、以下その部分をコピーして紹介します。


 今日は終戦記念日。毎年、俳人は多くの終戦日の句を作っています。栗田主宰の句集『海光』では3句ほどありますが、栗田主宰は常に「敗戦忌」です。主宰の心の中には終戦はなく、敗戦しかないのでしょう。それも父につながる記憶が敗戦忌なのでしょう。
   父の碑に真水供ふる敗戦日  栗田やすし
   亡き父の母への便り敗戦忌     〃
   靖国の靖はわが名敗戦忌      〃

 なおこのうちの2句については既に【こちら】の『海光』鑑賞で述べていますので、そちらを参照して下さい。

 他に多くの俳人が詠んでいます。
   土熱く焼けゐし記憶終戦日      沢木欣一
   生きのこり黒き句集や終戦日       〃
   木々のこゑ石ころのこゑ終戦日   鷹羽狩行
   濡縁のとことん乾く敗戦日       宇多喜代子
   川を見て老人立てり終戦日      林 徹
   敗戦忌熱き茶を呑む暑き日よ     夏目悦江
   花氷のなかに人の手終戦日      田川飛旅子
   敗戦日少年に川いまも流れ      矢島渚男

などと多くありますが、私が一番忘れ難い句は次の句です。
   終戦日妻子入れむと風呂洗ふ     秋元不死男

 この句はある程度不死男の獄中生活を送った背景を知る必要があります。不死男は『自選自解秋元不死男句集』で「しかし、この句を評した、二、三の人は、この句の裏に戦時中獄につながれた惨めな私と、そのために苦労を重ねた妻のことを思うて、ねんごろな鑑賞をしてくれた。」と書いているが、冒頭に「しかし」とあるように風呂を洗うことは不死男にとって日常の運動だと言っている。しかし私の解釈も、獄中にいた頃の苦しい時代と対比して、今は妻子のために風呂を洗うことが出来ると、平和をかみしめている句であると思った。この句は自分自身が苦労したことは前面に出さないで、不死男の恥ずかしがり屋でひょうひょうとした性格がよく表れていると思う句である。(隆生)


 丁度いぶきネット句会の合評会の時間にTVのN響アワーでベートーベンの第9交響曲の放送があった。あとで録画を見たところ、敗戦直前の45年6月13、14日に日比谷公会堂で戦中最後の第9が演奏されていたことを始めて知った。演奏は日本交響楽団(今のN響)。6月ともなれば3月の東京大空襲のあとで東京は廃墟と化し、食べ物も何もない極限の状況で、心から音楽を愛し、万難を排して熱気を持って会場を訪れたことであろう。いつ空襲警報が出るか、爆撃される恐怖もある中で、命がけで演奏を聴きにいった観衆にも感動するし、演奏する楽団、スタッフの必死さにも感動する。
 この曲は普通、歓喜の合唱と言われているが、観衆は希望、生きる勇気、そして未来を信じて聞いたことと思い、私も感動した。今の平和の時代では第9は普通に聞ける曲と思ってしまうが、時代によっては命がけで演奏を聴く時代があったことは忘れてはならない。なおこの第9は10月にNHKBSで再放送される予定です。

8月13日(金)
 お盆最中は年金生活者のお二人様の我が家では、妻は別だろうが、私は1日中だらだら過ごす。こういう時こそ俳句に精を出すべきなのだが、今月のいぶきネット句会合評会のため、事前準備をしただけ。(63893)

8月12日(木)
 早めにお盆のお経をあげて貰う。丁度台風が中部地方にもっとも接近したときに、出かけ、途中西濃地方を通過するときは大雨警報が出ていて心配だったが、何とか通過でき、岐阜に着いたときは小やみになっている。岐阜の家の掃除して汗、埃まみれになったため、墓参りのあといつものように南濃温泉で露天風呂につかってさっぱりする。

8月10日(火)
 今日はY社のISO審査に出かける日であるが、自宅を出るときはほとんど雨が降っていないので、今日は大丈夫だと思っていたら、審査地の伊勢市に着き、午後の工事現場確認に出かけるときは昨日と同じくらいの豪雨。ついていないときはこんなもの。現場は中学校の新築工事で現場はぬかるんでさんざん。ただ明日も台風の影響でこの地方はまた大雨が降りそう。
 自宅に帰ってから、指摘事項などをPDF化して、暫定報告書を送付する。だが今夜はまだやるべきことがあるが、今朝早く起きて眠いため、このHPを書きながら思案する。さぼりたくなる。

8月9日(月)
 いつもはうるさい熊蝉の声で目を覚ますが、今朝はすごい豪雨で目を覚ます。朝TVをつけると、東員町は大雨警報が出ている。今日は栗田先生の代理で「伊吹嶺」の校正に出かけるが、出かける時間になると小やみになる。名古屋に着くとほとんど雨が降っていない。鈴鹿山麓のほんの狭い地域だけが大雨警報が出ていたようだ。

8月8日(日)
 名古屋句会。今日で3日間連続の句会。おまけに昨日メモ書きした名古屋句会用の句をどこかになくしてしまった。仕方ないので今日は名古屋までのバスで思い出しながらの句と足りない分を作って提出。それにしてもどこへ消えたのだろうか。なくした句ほど名句に思える。今月もみや子さんに出席していただいて申し訳ない。やはり一寸外出すると疲れるそうだ。お身体を大事にしてほしい。

8月7日(土)  映画「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ」と中根多子さんの句集上梓お祝い会
 今日はチングルマ句会。その前に見たかった映画に寄り道する。パンフレットのうたい文句は「一夜限りの世紀のコンサートが、今幕を開ける」とある。戦後のタンゴブームを支えてきた一流のマエストロがブエノスアイレスのコロン劇場に集まって演奏するものである。ほとんどが70歳代以上である。興味のあるのはなんと言ってもこれまで見てきたコンサートのマエストロ、またほしくて買ったCDのマエストロが本当に集まって演奏すること。映画の前半は一夜限りのコンサートのために集まってくるマエストロの紹介をドキュメンタリーとして描く。それぞれ個性の強いマエストロばかりで、これだけの一流をうまくまとめ上げた映画ディレクター、スタッフの苦労もひしひしと伝わってくる。パンフレットによると22名のマエストロが集まり、それぞれが本来は1つの楽団として率いてもおかしくないところ、一演奏者として登場する贅沢な映画である。後半はその演奏会の曲を堪能できる。
 私自身全員を知っているわけでないが、実際のコンサートを見たマエストロ、CDを買ったマエストロでは、エミリオ・バルカルセ、オスバルド・ベリンジェリ、ウバルド・デ・リオ、レオポルド・フェデリコ、カルロス・ガルシーア、カルロス・ラサリ、ホセ・リベルテーラ、マリアーノ・モーレス、オスバルド・レケーナ、オラシオ・サルガン、アティリオ・スタンポーネがおり、歌手ではビルヒニア・ルーケがいる。これらのマエストロが現実にコンサートで見ることが出来れば貯金をはたいて出かけたいことだが、今の私にはその時間的余裕がない。なんと言ってもブエノスアイレスまで片道で2日間かかる。
 映画は最後にモーレス指揮による「タキートミリタール」の大編成で豪華な演奏で終わる。よく昔は1つの映画を2回連続で見たい映画があったというが、何十年ぶりにそんな気分にしてくれた映画である。右の写真は映画パンフレット。8月20日まで上映しているので、タンゴに興味ある方は是非見ることをお勧めしたい。

 午後からはチングルマ句会。句会のあとに中根さんの句集『母の鍬』上梓のお祝い会を行う。皆さんそれぞれ1句鑑賞して、お祝いの言葉としていたが、この感想にも心が籠もっていた。私は「菜の花をねこそぎにして耕せり」の1句鑑賞させていただいたが、それに合わせて中根さんの了解を得て全体の感想文を【こちら】にアップした。興味ある方は読んでみて下さい。下の写真はお祝い会の2枚。

8月6日(金)
 原爆忌。今日は特別な日なので、この日記に何かを書こうと思ったが、Yさんに伊吹嶺HPの落書に書いて欲しいと言われたので、そちらを見て下さい。ただ引用した原爆忌の句を以下の紹介しておきます。
    浮袋赤肌重ねヒロシマ忌      沢木欣一
    ふち焦げし原爆の日の目玉焼   栗田やすし
    子を抱いて川に泳ぐや原爆忌   林 徹
    蝉の穴深く沈みて広島忌      田島和生
    炎天の砂利に供花挿す広島忌   鈴木厚子
    母の杖熱き湯で拭く原爆忌     河野照子

 その他、原爆忌の句というと無数に出てくる。以下その他に好きな句を抜き出してみます。
   
 川に無数の幽霊の手や原爆忌   田川飛旅子
    電工のいちにち高し原爆忌  秋元不死男
    両の手に拳二つや原爆忌     山崎ひさを
   直角にわが影が立つ原爆忌    原コウ子
   語り継ぐため生かされて原爆忌  梅沢春子
   雀しきりに砂を浴び原爆忌    鷹羽狩行
 合わせて今日は山藤句会であり、席題で「原爆忌」を詠むことにした。

8月5日(木)
 S社の審査結果報告書の提出。来週の10日の審査まで、しばらく俳句モードに切り替え。
 「伊吹嶺」8月号が既に届いていたが、やっと感想が書ける。
 今月の栗田主宰の句で、次の句に注目した。
   甘露忌の運河に黒きもの浮かぶ   やすし
 甘露忌とは秋元不死男忌のことである。不死男の最後の句集『甘露集』にちなんで呼ばれている。不死男は横浜市で生まれ、父親は不死男13歳の時になくなり、母親は随分苦労して子供たちを育てた。『街』にはこの頃の母親が夜店の商いをしていた回想句がある。不死男が14歳頃、母に付いて夜店の手伝いをしている回想句である。私自身句集『街』は持っていないが、朝日文庫の『秋元不死男集』にその一部を知ることが出来る。運河という言葉を探してみると、この中の冒頭に次の句がある。
   ルンペンら火を焚き運河薔薇色に   不死男
 この句が念頭にあって栗田先生の句が出来たのだろうか。ただこの中7,下5を読むと「ルンペンら」の句だけでなく、『街』には運河の黒く寒々としたものと母につながる句が並んでいる。もう少し『街』から運河と母をを連想する句を抜いてみると、
   クリスマス地に来ちちはは舟を漕ぐ   不死男
   寒や母地のアセチレン風に欷き       〃
   夜店寒く艀の時計河に鳴る          〃
   乳棄つる母に寒夜の河黝く          〃

などが見られ、栗田先生の句はこれらの全体の印象と堀川運河あたりを見て出来たのであろう。
 ちなみに上述の朝日文庫の『秋元不死男集』には三橋敏雄による詳しい解説があり、これと年譜により不死男の概括が分かる。
 秀峰集には次の句に注目した。
    棒あれば棒振る少年新樹光        山たけし
    広重の池鯉鮒めぐれり麦の秋       中川幸子
    遠ざかるほど白梅のうすみどり       片山浮葉
    浮かみ出る緋鯉ひかりをひと呑みす    梅田 葵

 山さんの些細な行動から小さな感動の発見、中川さんの「池鯉鮒」という言葉遣いから広重の池鯉鮒の絵は麦秋かと思うが、実際は馬市であったこと、片山さんの白の中に見つけたうすみどりの繊細さ、梅田さんの「ひかりをひと呑みす」 という言葉の斡旋による感覚などに惹かれた。
 遠峰集では次の句に注目した。
    牡丹散る涙のごとく葉を滑り      近藤文子
    単語帳肌身離さずソーダ水       渡辺慢房
    白牡丹崩れて京の雨あがる      栗田せつ子
    サングラス掛けて口紅濃く差せり   鈴木みすず
    ひとゆらぎして白牡丹散りにけり    都合ナルミ
    水口へ水押し合へりかきつばた    下里美恵子
    待ちくれし目元涼しき若女将      矢野孝子
    藻の花を梳きゆく水のしろがねに   坪野洋子

 いずれも言葉の選択、写生方法に類型がない。

8月4日(水)
 今日も猛暑日で、1日中家に閉じ籠もってS社の審査結果報告書の作成。最近怠け気味で日中に終えようとしたが、夕食までに終わらず、今夜遅くなりそう。今週末は3日間連続で句会が続くので、俳句も作らなければならない。

8月3日(火)
 昨日、祝賀会の写真も送り終え、一段落したことと今日は猛暑日までいかないとの天気予報を信じてたまには外出しようということで、急遽、赤目48滝に涼みに行く。桑名を出るときは今日も猛暑日かと思ったが、48滝に入ったとたん涼風が吹いてくる。滝飛沫などでイオンも発生しているのだろう。どこも涼しい。中でも滝の近くの涼しいところを選んで昼食。いつまでもここを動きたくなかったが、今日は荷担滝まで行こうと頑張る。帰りにいつも開いている茶屋で最近の山椒魚の様子を聞いたところ、赤目も水量が減ってきて、山椒魚はもうここにはいなく、どうももう少し上流に行ったのではないかとの頼りない返事。今年は特に雨量が多かったと思ったが、ここ数年次第に水量が減ってきているのだろう。滝で有名なここでもそうだから、日本全国の河川のどこも水量が減ってきているのだろう。これも温暖化の影響だろう。右の写真は荷担滝。(63618)

8月2日(月)
 この頃毎日猛暑日が続くときは、まず朝早くクマゼミの喧噪で目を覚ます。昨夜遅く鉈時などは睡眠不足になる。そして夕方になるとやっと油蝉、蜩が鳴く。本来はこれらの蝉が夏を彩るのだろうが、これらの蝉は夕方しか鳴かない。日本が本格的な熱帯性気候に入ったのだろう。それは夕立がいきなりスコールになり、水害をもたらすことからも分かる。

8月1日(日)
 妻と夜なべ仕事で祝賀会の写真整理の続きをやる。名前の分からない方を当日の出席者名簿をテーブル順にソートしてテーブル毎のお名前を推測する。写真の仕分けがやっと終わったところで今日は止め。明日以降発送する方、手渡しする方に仕分けて、なるべく早く発送だけはやりたい。仕分け作業は民主党のようには歯切れよく進まない。
 今まで伊吹嶺関係の方で上海万博でコーラスや第9を唄ってきたという方が多いが、今日から上海万博の愛知ウィークが始まるため、昨日、娘があわてて上海に出かける。今週の愛知ウィーク、来週の名古屋市ウィークに出演するという。何をやるか分からないが、上海も猛烈に暑いという。出演より身体が心配。中国では熱中症で死者が出たというニュースがないが、本当のところは分からない。

7月31日(土)
 やっと時間が出来たので、栗田先生の祝賀会模様の写真を整理して、プリント屋に出す。ただ相当枚数あるので、これから個人別に仕分け、整理するのは大変。中にはお名前を知らない方も多くて、どこまで整理できるか予想もつかない。これから妻にも手伝って貰い、少しでも早くしたい。
 今日、結局午後から始めたが、途中で疲れて中止。まだ全体の1/3しか出来ない。いつまで終わるか心配になる。

7月30日(金)
 ようやく伊吹嶺賞を提出した。毎年駄目なことは分かっているが、とにかく参加することが大事と思って作る。
 いままで私のHPのメンテナンスを余りやっていなかった。遅まきながら「伊吹嶺」7月号の「現代俳句評」のアップ、旅遊さんからいただいていた7月20日の中日俳句教室講義録をアップした。「現代俳句評」は【こちら】から、中日俳句教室講義録は【こちら】から入って下さい。

7月28日(水)
 数日前にクマゼミの羽化の写真を紹介したことがあったが、次々と羽化を続けていたようで、今日妻に言われて庭に出てみると、一つの葉に蝉の抜け殻が4つも重なっているのがあった。珍しいので写真に写したが、これだけ猛暑が続く今が羽化のピークなのだろう。

7月26日(月)-27日(火)
 2日間の日程で、H社の更新審査。毎日猛暑日でうんざりするが、仕方ない。ただこの審査が終わると伊吹嶺賞だけには応募しなくてはいけないので、あとがない。いつも隆生さんは31日日付の伊吹嶺賞応募だねと言われそう。(63401)

7月25日(日)
 相変わらず暑い。ただ家にいてもむだにTVを見ているだけなので、最近はスポーツクラブで汗を流すようにしている。その後決まって、喫茶店で無為に時間をつぶして、涼んでばかりいてだんだん身体がなまってくる。でも今日は明日からの審査の準備でチェックリストによる事前レビューだけはする。

7月24日(土)
 「伊吹嶺」編集会議。9月号は栗田先生の祝賀会模様が掲載されるが、掲載する写真はたっぷりとある。ただ他にまとまった時間がないので、写真の未整理、映っている方の名前が分からないなどにより、プリント屋にまだ出す余裕がなく、当日出席なさった方々への写真配付がまだ出来ないので申し訳ない。もうしばらくお待ち下さい。

7月23日(金)
 朝からクマゼミがうるさく、今日も猛暑日の予感。
 今日が締切のSS社の審査結果報告書の提出とY社の審査計画書の提出。今日は先週からの変更の同人句会もあるが、日程が変更されると仕事に支障があり、困る。もっとも投句してもどうせ採られないことが見えているけど。しかし私以外にも仕事の関係や家庭の都合のでウイークディは出席できない方がいることを周辺で聞いている。
 今日は思っていたより審査結果報告書の作成に時間がかかり、自宅へは夕方になってしまう。しかし夕方になってクマゼミの喧噪から解放され、アブラゼミやヒグラシが鳴くようになり、ようやく暑さも収まってくる。さらにつくつく法師なども加わると秋に近くなるが、今年はいつになったら、猛暑日が終わるのだろうか。

7月21日(水)
 梅雨明けと同時に油蝉を通り越して、クマゼミが一斉に鳴き出した。ここ数日猛暑日の続くことが予想され、ますますクマゼミの大合唱になるだろう。しかし嫌うばかりでなく、蝉の羽化は幻想的である。右の写真は今夜の羽化の状態であるが、大柄であるのでクマゼミに違いない。羽化の瞬間の瑠璃色の羽根はこの上なく美しい。我が家の庭には蝉の穴が無数にあるので、まだまだ羽化は続きそうである。



7月20日(火)
 久しぶりにカリンカ句会。今月の定期診察を今日に合わせたため、出席できた。しばらく出席していないうちに参加メンバー多くなり、9名が集まった。それぞれフランチャイズの句会が違うため、様々な句が出てくる。
 それにしても暑い。梅雨明けでいきなりの猛暑日が続くので、まだからだが慣れていないため、要注意。昨日に続き、夜はエアコンを入れる。

7月19日(月)
 連休の1日、二男一家が遊びに来る。近くの多度峡にはまだ一度も行ったことがないと言っていたので、そこで遊ぶ。ここは川をせき止めて天然プールにしているのだが、プール開きは21日ということで今日はまだ膝程度の深さ。それでもこの猛暑、すごい人だかり。川を上流、下流と歩く。
 その後、南濃温泉の水晶の湯でゆったりと露天風呂に浸る。おかげで何も出来なかったが、孫と付き合うのも気が休まる。右の写真はまだプールになっていない浅瀬。

7月18日(日)  マニフェストとアジェンダ
 しばらくこの日記を書く余裕がなかった。その間、「伊吹嶺」記事、インターネット関係の選句、添削などが続き、今日ようやく仕事モードに戻ることが出来、SS社の審査結果報告書を書き上げた。あと関係資料を揃えて完成する必要がある。今週中にY社の審査計画書も作成する必要があるが、まだ品質マニュアルが届いていないので困る。そうなると土壇場で忙しい思いをしなければならない。
 先週参議院議員選挙が終わり、民主党の大敗で終わったが、みんなの党のアジェンダという言葉がちまたに飛び交い、何か新しい概念のようにもてはやされて、知らない人はみんなの党の新語のように思っている。
 実はマニフェストやアジェンダという言葉は新しい概念ではない。環境関連ではなじみのある言葉である。
 マニフェスト(manifest)とは「産業廃棄物管理票」のことで産業廃棄物を排出するときに排出事業者が発行する管理票である。この管理票に基づいて廃棄物の流れの管理を行う。このマニフェストのスタートは産業廃棄物であったが、いまは自動車リサイクル法、家電リサイクル法、パソコンリサイクル法、フロン回収破壊法などにも似たような管理票が使われ、適切な廃棄物、またはフロンの回収を管理している。一方、民主党が言い出したマニフェスト(manifesto)は政策宣言、または政権公約と訳されて、全然違う。英語のスペルの違いにも注目してほしい。
 次にアジェンダ(agenda)という言葉は環境では行動綱領と言われており、1992年にブラジルの地球環境サミットでリオ宣言として出されたもので、アジェンダ21と言われ、21世紀に向けて地球として環境保全のために行うべき行動計画のことである。ここから温暖化対策を実行する気候変動枠組条約や生物多様性条約の発効に続いている。そしていま私が審査に携わっている環境マネジメントシステム(ISO14001)もこのリオ宣言から、環境保全の国際規格が1996年に始めて作られている。ところがみんなの党のアジェンダも同じスペルであるが、こちらでは政策課題と呼んでいて、選挙公約と同じである。元祖は環境保全である。マニフェストと言わないでアジェンダと言えば新しく感じるのだろうか。ちなみに本来のマニフェスト、アジェンダについては次のアドレスに詳しく掲載されています。(63176)
  産業廃棄物:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%88%E5%88%B6%E5%BA%A6
  アジェンダ21:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%8021

7月14日(水)  コバケン(ベートーベン交響曲第7番)
 今年は名フィル定期会員に再入会したことと、コバケンスペシャルの演奏も聴くことにしているので、月1,2回は名フィルを聴きに行っている。今日はベートーベン交響曲第7番。ベートーベンの交響曲は3,5,6,9番のようにタイトルが付いているのが人気があるが、この第7番はタイトルが付いていないうちで一番有名。この曲は4楽章すべてがメロディーのテーマがはっきりしており、リズミカルなので覚えやすい。久しぶりの古典派の正統な交響曲を聴いた。

7月13日(火)
 U社のISO審査。毎年審査に出かけている会社でいつもリーダーをさせられていたが、今年はメンバーで助かる。しかも今日のリーダーは今所属している審査機関での一番優秀な審査員。私が見習いたい方である。この会社のQMSは充実されているので、今日は指摘事項なし。

7月12日(月)
 「伊吹嶺」7月号は大分以前に届いていたが、まだ感想を書いていなかった。
   銭洗ふ女緑雨に髪濡らし  やすし
 鎌倉長谷寺吟行の句、この句は当日私も頂いたのでよく覚えている。雨の中で銭洗いをしている情景が「緑雨」で明るい句となっている。秀峰集では、
   棚すみの手擦れの辞書や啄木忌   清水弓月
   庭下駄のぬくみ満天星芽の密に    山たけし
   竹皮の脱ぎしばかりの緑かな      中川幸子
   玉砕の言葉も虚し昭和の日       山下智子
   笑ふ人に遅れて笑ふ春寒し       梅田葵

弓月さんの手擦れの辞書と啄木忌の取り合わせの妙、たけしさんの春が来た感覚を下駄に感じた感性、幸子さんの単純だが、素直な写生で読者としての共感、智子さんの上5、中7のように言わざるを得ない気持、葵さんの一寸した会話のずれの綾など、どれも感性が優れている。ただみや子さんの句をもう読むことが出来ないことは残念である。しかし昨日は句会には出席していただき、感謝。遠峰集では、
   チューリップつぼむ力のまだありぬ   近藤文子
   カテーテルせし腕で摘むつくしんぼ     〃
   糸ほどの鎌で構ふる子かまきり     夏目悦江
   喪の列へ谷中の落花しきりなる     内田陽子
   飛鳥寺の裏ひばり野となりゐたり    栗田せつ子
   病む夫の目覚めて永き日を嘆く     山本悦子
   うぐひすが鳴くよと朝の戸を繰れり    下里美恵子
   草叢に透けて入日のごとき野火     矢野孝子

 とりわけ文子さんの病状が気になる。先日の祝賀会の時も遠方から出席していただき、大変そうだった。チューリップの句、花の開くときの力は感じるが、つぼむ力と詠まれたことはご自身のことも重ねているのだろうか。悦子さんのご主人の介護も大変そうだ。もともと元気印だった悦子さんの顔をいつまでも見たい。

7月11日(日)
 名古屋句会。久しぶりにみや子さんに出席していただいた。体重が激減して体力が低下したところ、名古屋句会に出席していただきありがたい。ただご本人はもう句を作らないとおっしゃり、さみしい限り。「伊吹嶺」7月号にも句は発表されていない。名古屋句会に出る楽しみの1つが減った。ただ選句だけはしていただけるのは申し訳ない。いつもでもお元気でいてほしい。(62966)

7月10日(土)
 以前からTさんに誘われていた祖父江の虫送りを見に行った。祖父江町の虫送りは伝統的な行事で一度見に行きたいと思っていたが、稲沢市に合併されたから廃止されていた。やっとこの行事が再開されるようになり、無形文化財として貴重なことだと思う。
 我々は4人で出かけたが、「伊吹嶺」ではNさんグループに出会った。いつも熱心に様々な行事の吟行に出かける熱心グループである。
 行事は実盛虫の作成から、虫送りの巡回まで一通り見たが、初めての経験でよいものを見た。ただこれが句になるかどうかは私の実力次第で、一寸無理と思う。
 右の写真は出来上がった実盛様。

7月9日(金)    サンサース交響曲第3番(名フィル定期コンサート)
 山藤句会。今日は皆さん平等によい句が並んだ。今月の勉強会で問題になったのは「耶蘇」の言葉の使い方に注意したいことである。句意から見ると「キリシタン」のことと推察されるが、わずか2音で使えるからと言って「耶蘇」はおかしい。広辞苑では「耶蘇」は「イエスキリスト」のことで中国語表記から「耶蘇(ヤソ)」と発音したらしい。従って例えば日本には「耶蘇の墓」はない。これは以前から気になっていたことで、今年五島列島に旅行して改めて「耶蘇」という言葉には差別的なニュアンスがあることを感じた。
 夜は名フィル定期コンサートでサンサース交響曲第3番。超有名なオルガン付きの交響曲でいろいろなCDを持っているが、最初に買ったのはジョルジュ・プレートル指揮のパリ音楽院管弦楽団による1963年発売のLPだった。多分入社直後に東京で買ったものだろう。当時の年間レコード時評で最高の演奏だということで買った記憶がある。
 その後数多くこの曲を聴いてきたが、今日はパイプオルガンを使った演奏だった。(以前は普通のオルガンの時もあった)第1楽章、第2楽章とも具体的に表現するのは苦手だが、あえて言うと、主題が分かり易く、楽しく聞ける内容。初めて聴いたときの興奮を今日の生演奏でも感じた。特に第2楽章・第2部のオルガン演奏はパイプオルガンのためか、残響がよく効いていて、後半になるとオルガンの強い響きが脳内に入り込んで脳が振動しているようだった。そして最後は音の洪水に浸っているうちに終わった。それほど派手な演奏とも言える。

7月8日(木)
 朝、起きたとき妻からメジロが今日巣立ちしそうだと言われ、巣を見るともう上半身を巣から乗り出しており、あわてて写真を撮る。その後、1時間ほどしたらやはり巣立ちを終え、丁度居間の前の枝にとまっていた。わざわざ私達に巣立ちを見せてくれたようで感動的。全部で3羽育っていた。そのうちどこかへ飛び立っていったが、夕方にまた元に枝にとまっているのを見かけた。下の写真は今朝の巣立ち直前と巣立ち後に枝にとまっているところ。写真を見ると幼い顔をしているが、もう完全なメジロの顔をしていた。
 ちなみに1昨年にもメジロが巣を作っていたが、妻の日記には5月27日に巣立ちをしたという。


巣立ち直前

巣立ち後

7月7日(水)
 S社のISO審査。今日は大幅に時間オーバーしてしまい、帰りが遅くなってしまった。しかし仕事終わりの酒は欠かせない。(62878)

7月6日(火)
 栗田先生の祝賀会の反省会兼ご苦労さん会。全員和やかに集まり、一様に成功を確認した。なんといっても実行委員のチームワークがよかった。あとは写真の整理が続くが、今回は集合写真が多かったため、皆さんの名前が分からない方も多く、しばらく整理に時間がかかりそう。このHPを読んでいる方、もうしばらくお待ち下さい。

7月5日(月)
 栗田先生の祝賀会模様をHPにアップしたが、ようやく祝賀会の余韻が治まる頃になったが、写真整理に取りかからなければならない。一灯さんからの写真が入ったメモリも届き、とりあえず同時プリントを一通り行う。これから写真1枚ごとにプリント増の必要性など考えながら整理、分類、発送を行わなければならない。早くやりたいのだが、今週も仕事、句会などで予定が詰まっている。少しでも早く終わりたい。

7月4日(日)   五島列島にEV車100台勢揃い、ギネスブックに登録(読売新聞10.7.4)
 伊吹嶺運営委員会。主に栗田先生の句碑建立と季寄せ、全国大会、新年大会が議題。
 新聞で五島列島に観光用レンタカーとして導入されたEV車(電気自動車)100台が突破したことからギネスブックに登録されたとの記事があった。五島列島のそれぞれの島は小さく、比較的短距離移動の観光に適しているだろうとかってに解釈した。しかしこういう広がりがどんどん進んでいくことが観光客の環境意識付けに役立つだろうと思った。5月に五島列島に行ったとき、EV車を見たことが記憶に残っていた。ただ何故それが五島列島なのかは分からない。
 右の写真はその時に写しておいたEV車である。なお新聞記事は次のアドレスから入って下さい。
    http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20100704-OYT1T00285.htm

7月3日(土)
 チングルマ句会。今日は指導者の山下さんが休まれたので、同人全員で指導にあたる。圧倒的に先日吟行に出かけた八ヶ岳山麓の句が多かった。私も全句吟行句にしたが、多くの句に埋もれてしまう。
 栗田先生の祝賀会の写真整理をしたいのだが、圧倒的に会員さんの写真が多く、整理が終わるまで、まだまだ時間がかかりそう。
 また中根多子さんの句集『母の鍬』が上梓されたので、来月のチングルマ句会でお祝い会を行うことに決まった。なお中根さんの『母の鍬』を購入したい方は、【こちら】のページに詳しく書いてあるので、ご希望の方は直接著者にお申し込み下さい。

7月2日(金)
 我が家のメジロはどうも2~3羽孵ったようである。盛んに餌運びを行っているが、巣があばら屋作りで、雨の時期で親鳥がいないときははらはらする。親鳥が帰ってきたときは羽を広げて巣を守っている。親の本能か。それにしてもう少しましな巣が出来なかったのか軒先を貸している身としては気になってしょうがない。
 サッカー観戦の合間に、仕事や俳句と計画性のない生活でどれも中途半端。忙しいときは何から手をつけてよいか分からないし、時間があるときは無駄に過ごす。反省ばかりである。それでも原稿を1つ書く。

7月1日(木)  蛍の発光間隔(産経新聞 10.6.28)
 今月から新しいページに切り替えました。
 蛍は6月頃から飛び始めていたが、ゲンジボタルの発光間隔が西日本と東日本で違うことを知った。西日本では2秒間隔、東日本では4秒間隔が主流だという。ところが最近、蛍の交雑が行われ、東日本に2秒間隔のゲンジボタルが増加している。その原因は観光のため、西日本型の2秒間隔の蛍が東京などのホテルで放たれているせいだという。4秒型も2秒型も同じゲンジボタルであるが、遺伝的生態的な地理的変異があり、人為的な影響によって、種内での生物多様性が失われる可能性が危惧されている。こんなところにも生物多様性の破壊が進んでいることを知った。
 そんなことを知ったので、今夜近くの多度峡に蛍を見に行った。7月に入ったにもかかわらず結構多く飛んでいた。最近多度町でも蛍の保存に努めてきた影響かと思った。ところで蛍の発光間隔は西日本型の2秒間隔であった。一度関東地域に住んでいる方の蛍の発光間隔を見て貰いたいと思う。なおこの蛍の記事は次のHPアドレスを見て下さい。(62723)
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100628-00000027-san-soci

   螢火の明滅滅の深かりき  綾子

6月30日(水)    栗田主宰俳人協会賞受賞記念祝賀会模様
 昨夜、サッカーW杯のパラグアイ戦を最後のPK戦まで見たため、今日はもうろうとしている。日中仕事に取りかかったが、何とも集中力がでない。
 夜になってようやくすっきりしたので、先日の栗田先生の俳人協会賞受賞記念祝賀会模様を伊吹嶺HPにアップした。祝賀会模様は【こちら】から入って下さい。